×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
湖に沈むアメジストたちの柩-01  





震えるほどの寒さは過ぎて、段々と暖かくなってきた。肌に受ける太陽の温もりに、春の訪れを感じる。
日の沈む時間も遅くなってきた。少し前までは、もうすでに真っ暗だったこの時間帯も、今ではまだ夕日が
オレンジ色の光りを発して辺りを照らしている。

ハンジからの雑用の帰り、廊下を歩く佳奈子は、窓から差し込むその光りのまばゆさに目を細めた。
目眩にも似たその刺激で、視界が歪み、たまらず目を閉じる。
そうして収まり目を開ければ―――いつの間にかそこには人の姿があった。

佳奈子と同じの自由の翼を身に纏い、窓辺に佇む彼女。

―――思わず、息を飲むほど美しい女性だった。

胸まで伸びた蜂蜜色の長い髪は、夕日を浴びて透けるように輝き、アメジストの瞳は今まで
見たことがないほどに鮮明な色合いで瞬きを忘れる。

手足は長く、まるで仕立てたようなプロポーションだ。
美しい少女は同期の中でもちらほらと見てきたが、彼女のような、大人の女性でこんなにも美しい人は
この世界では初めてだ。少女とは違う、成熟した女性の美しさがそこにはあった。

あまりにも見入っていたせいか、彼女が窓から視線を動かし、目が合う。
佳奈子は居心地の悪さを会釈で誤魔化すと、なぜか彼女はとても驚いた顔をした。
不思議には思ったが、そのまま横を通り過ぎようとする。

「―――ねぇ、ちょっと待ってくれる?」

しかし、彼女のぞっとするほど冷たい手に腕を掴まれてしまった(そしてその声のなんと美しいことか)。
振り向くと、直ぐ目の前に彼女の美しい顔が迫っていた。佳奈子は驚いて後ずさるも、その分彼女が一歩詰めてきた。
異様なほどに白い肌は、こんなに間近で見ても毛穴の一つも見当たらない。

「えっと、あの・・・?」
「あなた、どこか似てる・・・」

そう、聖母のような微笑みを浮かべる彼女に、「誰に?」なんて言葉は喉元で消える。
垂れ下がる彼女の長い髪が、カーテンのように周りを見えなくした。

今、この目が見通せる世界の中には、美しい彼女しかいない。
自分を見下ろす紫の双眸。水面のように揺らめく色合いに目が離せない。視線を逸らすことが出来なくなる。
呼吸が疎かになる。視界が、全てが、綺麗な微笑みで埋まる―――





彼女の微笑みで世界が満たされたと思った瞬間、佳奈子の前には青が広がっていた。
冷たい青の中。いつの間にか、水の中にいた。
泡となった空気が口と鼻から出ていくが、不思議地苦しくはなかった。

佳奈子の体は、底の見えない青へとただただ沈んでいく。

―――すると、下からなにかが浮かんで来るのが目に入った。
水の中で枝のように広がった金色の長い髪を引き連れながら、美しい女性が、先ほどの彼女が浮かんでくる。

彼女は柔らかく微笑して、佳奈子に両手を伸ばす。
そうして触れる距離まで彼女が浮かんでくれば(はたまた佳奈子が沈んできたのか)、両手で佳奈子の頬を包む。
その指は長時間水の中にいたせいか、ふやけているのが分かった。

彼女は顔を近づけて、生気を感じさせない白い唇を動かす。

『早く、早く私に会いに来て―――』






佳奈子がはっとして目を開けると、今度は木面が視界を占領していた。
いつも通りの、調査兵団の宿舎の天井だ。

―――しかし、ハンジのとこから帰っている途中から、ここまで戻ってきた記憶が無い。
いつの間に、寝ていたのだろうか。就寝前までの数時間の間の自分の行動が思い出せない。
彼女と会ってからの記憶が酷く曖昧だ。

そもそも、彼女と会ったとこから全て夢だったんじゃないだろうか。
幻のような美貌を持った女性だ。不思議じゃない。

そう断定しつつ、佳奈子は前髪をかきあげるも、気づいてしまった。
―――自分の指がしっとりと濡れていることを。長時間水にでも浸かっていたのか、ふやけていることを。

耳元で、彼女の囁く声が聞こえた。

『早く、私に会いに来て』



2015.4.3