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産声を上げるシルバールチルクォーツ  





「あ、」

黒髪の小柄な彼女の姿はよく覚えていて、再び彼女を目にしたペトラは、思わず声が漏れた。
すると、彼女の方も口を開け、ペトラ同様に声を漏らす。

―――ペトラが彼女と会ったのは、数年前。





休みだというのに、なぜか腐れ縁のオルオと街に買い物に来ていたペトラ。
なんでこいつなんかと来るはめになってしまったのだろうかと、露骨に顔を歪めつつも買い物を済ませていたら、
いつの間にか彼とはぐれてしまった。別にオルオと合流しなくても構わないが、荷物持ちを逃してしまうの惜しい。
それに彼の方はきっと自分を探しているはずだ。ペトラは仕方なく彼を探すことにした。

―――とは言ったものの、この人混み。オルオを見つけ出すのは至難だ。
ウォール・マリアを失い、多くの地域住民がウォール・ローゼへ退避してきた。
けれど、人類生存地域の一つであるウォール・マリアの住民を充分に受け入れられるほど、
ウォール・ローゼも広くはない。口減らし、表向きには領土奪還でウォール・マリアの住民が
駆り出されたが、それでも難民や失業者は多い。

だからこそこんな状況を、自分が、自分達調査兵団がなんとか打破しなくてはとペトラは思う。
巨人をこの世から殲滅し、外の世界に希望を見い出すのだ。

と、ペトラが勢い込めば、少し先にきょろきょろと辺りを見回している少女が目に入る。
困った様子で立ち尽くしているその様子は、一目で自分と同じ状況だと分かった。
ペトラは少女に近づき声をかけた。

「迷子?」
「あ、はい。友達とはぐれちゃって・・・」

そう言う割には、彼女からはあまり焦った様子が見られず、落ち着いていた。
少女は背が低く小柄で、黒い髪に黒い目。近くで見ると、東洋人系の顔立ちと分かった。
これは話しかけて正解だったようだ。東洋人系は、その希少な血筋から人身売買者に目をかけられやすい。

「私も連れとはぐれちゃってさ」

ペトラは警戒させないようににっこりと笑ってみせる。
少女はじっとペトラを見つめたあと、ふっと微笑んだ。幼い顔立ちからは想像しにくい、大人びた笑みだった。

「・・・そうなんですか。同じですね」
「うん。でさ、ここじゃなんだし、壁の方に行かない?」

どこにいても目立つ、ウォール・ローゼの巨大な壁をペトラは指差す。
このまま人混みの中ではぐれた相手を探すより、一旦抜けて待つ方が最善だと思った。
そうすれば、いつか探している方も人混みから抜けてこちらを探すはずだ。
目印となる壁の付近にいれば可能性も高い。

「そうですね。一旦人混みを抜けた方がいいかも・・・」

どうやら彼女はペトラの考えを察してくれたようで、「分かりました」と小さな頭を動かして頷いた。





「―――そういえば、あなたは訓練兵?」

人混みから抜け、壁にもたれかかって一息ついたところで、ペトラは少女に聞いてみた。
以前は完全な志願制であったが、ウォール・マリア陥落以降は、十二歳にもなって
志願しない者は蔑まれる風潮が強まった。今やほとんどの少年少女は訓練兵だ(貴族など一部例外もいるが)。

「はい」

少女は肯定する。こんな、ペトラよりもずっと小柄な彼女でさえも、人類の為に命を捧げなければならなくなった。
その事実が、酷く悲しい。

「そっか。私はね、調査兵団なの。・・・あ、敬礼とかはしなくていいよ。お互い今日は休日でしょ?」

調査兵団と聞いて心臓を捧げようとした彼女を、ペトラは苦笑して手で制止する。

「調査兵団、素敵ですね」
「素敵?」

あまり耳にしない言葉に、ペトラはきょとんとしてつい聞き返す。
彼女より小さな子どもたちには"かっこいい"と言われたりするが、"素敵"だなんて
綺麗な響きのそれは聞いたことがない。大人などはむしろ、調査兵団と聞いて顔をしかめる者が多い。

「自分の命をかけるって早々出来ることじゃないですよ」

だから素敵なのだと、彼女は優しい色の黒い目を細めて微笑む。
ペトラは恥ずかしくなって、少し俯く。

「でも、私なんかまだまだで・・・」
「―――それでも、命をかけてる」

曇りのないその声音に、ついつい少女を見てしまう。
その顔は少女ではなく、ペトラよりも年上の女性を思わせるものだった。
しかしそれも一瞬で、次の瞬間には年相応の表情へと戻っていた。

そして少女は、人混みを見て「あ、」と声を上げる。

「友達見つけたので。私、行きますね」

彼女は壁から体を起こし、「ありがとうございました」とペトラに一礼する。

「うん、良かったね」

そうは言ってみるが、なんだか寂しい。
―――そういえば、自分も名乗っていないが、彼女の名前を知らない。

「ねぇ、あなたの名前、」

大きめの声を出して、少し離れた彼女にペトラは問いかけようとする。
けれど、彼女は振り返ると、

「また今度、会いましょう」

それだけ残して人混みの中へ消えて行ってしまった。
なんの根拠もない再会の言葉。でも、なぜだかまた会えるとペトラは信じてしまうのだった。





―――そうして数年経った今。こうして再び出会えた。
ペトラは数年前と変わらない彼女に近寄って、

「私はペトラ・ラル。あなたの名前は?」

笑顔で手を差し出す。彼女はペトラの手を握って、あの時と変わらない笑みで名乗った。

「―――カナコ・サイトウです」



2015.3.3