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遠心点より遠く、近心点より近く



燈は中庭のベンチにゆづるを見かけ、いつものように声をかけようとして―――
開きかけた唇を一旦閉じた。彼女の様子がいつもとは違ったのだ。
燈の知るゆづるという女性は、常に笑顔で明るい、燈より三つ年上の大人の女性なのに、
どこかその言動は子どもっぽくて、壁を感じさせないムードメーカーだ。

そんな彼女の今の表情は、いつになく真剣そのもので。
だから、燈は声かけるのに戸惑った。

「あれ、あっかりんじゃん」

燈に気づいたゆづるは、先ほどの顔から一転、いつもの快活な笑顔を見せる。

―――あっかりんというなんとも可愛らしいあだ名は、ゆづるが命名したものだ。
燈以外にもそのあだ名を命名していて、どうやら彼女なりの友好の証らしい。
最初はその気恥ずかしい呼び名に講義した燈だったが、ゆづるにはのらりくらりとかわされ、
結局は呼ばれ慣れてしまった燈が根負けしてしまった。
しかし最近では、そう呼ばれるのがちょっと嬉しくなってしまってきているのだから、
ほんとどうしようもないなと、燈は内心苦笑するのだった。

「うっす、」

なんだかゆづるの邪魔をしてしまったような気がして、燈は伏し目がちで頭を少し下げた。

「ん?なんか元気ないねぇ?・・・ま、立ち話しもなんだし、ここ座りなよ」

彼女は横にずれて、ぽんぽんと空いたスペースを叩く。
それから「あ、マシュマロでも食べる?」と、いつもゆづるが食べているそれを
差し出されるも、燈はやんわり断りながら座り、

「―――元気ないのは、ゆづるさんの方じゃないスか・・・?」

じっとゆづるを見つめた。彼女は一瞬目を見開いたあと、ふっと苦笑いをする。

「あは。バレっちったか」

ゆづるはぺろっと赤い舌を出した。

「・・・実はオネーサン、ちょっと悩んでいるのだよ」

彼女は前かがみになり、腿の上に頬杖をつく。
その横顔は、少し憂いを帯びた大人のものだった。

「持ち帰ったウィルスのサンプルから出来たワクチンで、A・Eウィルスが治った時―――
私は素直に喜べるのかなぁって」

燈にはゆづるの言葉の意味が分からなかったが、その中で驚いた事があった。
彼女は既に、火星へ行き、ウィルスのサンプルを持ち帰り、出来たワクチンで
A・Eウィルス患者が完治すると当然のように思っているのだ。

もちろん燈とて、約束を果たせなかった百合子の為、そして今は桜人との
約束を守る為、絶対に成し遂げるつもりである。
だが、こんな風に口に出して言う者は珍しかった。

「えと、それってどういう意味ですか?」
「うん、うん。キミの疑問はもっともだ、あっかりん」

彼女は腕組みをして頷く。

「私のお父さんとお母さんね、A・Eウィルスで死んじゃったの」

ゆづるも大切な人をウィルスで亡くしている事実に、燈は心が揺らいだ。

「だからね、この不治の病が"不治の病で無くなった時"―――お父さんとお母さんは
いないのにどうしてって、嫉妬しちゃわないかなぁって」

「嫌な人間だね、私」と、彼女は自嘲の笑みを浮かべた。
嫉妬。百合子を亡くした燈だが、そのような事は考えはしなかった。
逆に、彼女の死が燈に火星へ行く決意をさせたのだ。

「・・・俺は、そんな心配をするゆづるさんは嫉妬なんかしないで、
むしろ素直に喜ぶと思いますよ」

燈は思った事を素直に口にした。
自分でそれほど気にかけているのだ、きっと彼女なら大丈夫だろう。
―――なによりゆづるが火星へ行く目的は、恐らくその亡くなった両親の為でもあるだろう。
火星へ行く理由は皆それぞれで、彼女にも別の理由があるかもしれないが、少なくとも
両親も絡んでいるはずだ。

「それって絶対?」

ゆづるは訝しそうに燈を見る。

「絶対!」
「ほんとにほんと?」
「もち!!」

燈はどんと自分の胸を叩く。

「・・・そっか!ふふふ、燈ってすごいや」

ゆづるはいつもの笑みをみせた。燈は唐突なきちんとした名前呼びにどきりとする。
彼女は時たま、こうやって真面目に名前を呼ぶのだからずるい。

「・・・そーいうゆづるさんはずるい」

思わず小声で燈はぼやくと、ゆづるが「あ、そういえば」と声を上げる。

「お父さんとお母さんの事話したの、あっかりんで三人目」
「三人目スか・・・」

一番目ではない微妙なポジションに燈は脱力する。
他の二人は誰だと燈が思っていると、

「落ち込むなって!ちなみに一人目は小吉さんで、二人目がミッシェルちゃん!」

指折り数えてにっこり笑った彼女に、ですよねーと納得する。
基本誰とでも仲の良いゆづるだが、特に兄のように慕っている小吉と、
とにかく好きでしょうがないミッシェルだけは格別の扱いだ。
やはり敵わないなと、燈はそっと溜め息を吐く。

「―――でも、誰にでも話すワケじゃなくて、あっかりんだから話したんだよ?」

ゆづるは人差し指を唇に押し当て、どこか弱った顔で燈を見つめた。
ほれみたことか、やっぱり彼女はずるい。



2014.10.8