×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

呪術専門【過去】

真空迷宮


呪物の封印のし直しのため現地へ赴き、回収を終えた夏油と実愛は行きと同じように電車に揺られていた。

特級被呪者という稀有な状態から任務以外での外出を制限されている彼女は久々の外の世界にうきうきとしているのが丸分かりだった。
座席に乗って車窓から流れる景色を眺めている些かマナー違反の彼女を普段であれば注意しているものの、
平日の昼過ぎでほとんど乗客がいないのと、楽しそうな彼女に水を刺すのも気が引けて夏油は好きなようにさせた。

一応は自分達と同じ呪術師である実愛だが、特級被呪者の肩書きの方が大きく、任務に出すにも良しとされていないのが現状。
しかし今回のような呪物に関する任務には一番に駆り出された。

彼女に憑いている異形の神々──"彼ら"の力は強大で、低級はまず恐れて近寄らないばかりか蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出す。
上級でさえもほとんど手を出そうとはしない。

それを利用して封印が切れた呪物や、呪霊が寄って来る危険な呪物を実愛に持たせて運ばせる。
いわゆる箱。彼女は使い勝手の良い、便利な歩く箱だった。

その証拠に、いくら今はまばらとは言え人が密集しやすく負の感情も集まりやすい電車内には残穢や低級も見えず、
不気味なほど綺麗さっぱりでなにもない。

基本的に"彼ら"は、同じ空間に呪霊がいることを嫌っていた。
もっと突き詰めてしまえば自分と実愛以外が同じ空間にいることを嫌ったが、敵意や悪意を抱かなければ"彼ら"も
手は出さず寛大であった。

最寄り駅が近付くに連れて見慣れた風景になったからか、彼女はくるりと反転し、揃えて脱いだローファーに靴を通して
きちんと座席に座り直した。

「もう外はいいのか?」
「うん。満足した!」

笑顔の返事は言葉通り、満足だと顔に書いてあった。その朗らかな笑みは人を誘うもので、夏油も釣られて目を細める。
実愛と出会ってからもう何度目か分からない。

「……ん?どうした?」

彼女の目線が下に注がれているのに気付き夏油は同じように顔を下に向ける。

「傑くんの足、大っきいなぁって」

自分と実愛の隣同士で並んだ足を見下ろす。タッセルの付いた可愛らしいローファーに収まった小さな彼女の足と、
先が尖がった光沢のある革靴の大きいというよりデカイといった印象が強い自分の足。
二つを比べると、まるで子どもと大人ぐらいの差異があった。

「やっぱり身長大きいから?」

座っていても身長差があるため実愛が首を傾げながら夏油を見上げる。
夏油は首を振った。

「いや。身長と足のサイズは関係ないらしいよ」
「え!そーなの?」

ぱちぱちと目を瞬かせる彼女に医学的にも根拠がないらしいことを伝えれば、へぇーとやや間の抜けた感心が返って来た。
たまたま駅に着いて開いたドアの音と相まって余計だった。

「まぁ、実愛は女の子だからさ」

体格には男女差があるもの。
そんな意味合いで口にした平然たるものだったのに、実愛は唇をきゅっと結んで目を大きくさせていて。
それは猫が驚いた時の様子によく似ていた。

驚いているのか?
しかしなぜと不思議に思いながら様子を伺えば、車窓の形に沿った日の光が彼女の赤みを帯びた頬を照らしてピンと来た。
──実愛は照れているのだ。

彼女は結んでいた唇を解いてもごもごと動かす。

「なんか、」

それからふっと視線を外した。

「なんか、女の子って言われるの恥ずかしい、」
「なんで?」

逃げるような仕草に悪戯心で追いかけたくなって夏油は少し屈んで顔を覗き込むようにしてみた。
すると実愛は更に逃げるようにして夏油から身を離す。とは言え、彼女の席は一番隅なのでもうほとんど逃げ場がなかった。

観念したのか、実愛は半ばポールにしがみつきながら目を思いっきりつぶって声を絞り出した。

「〜っ!だ、だだだって、傑くんは男の人、って感じ、だからさぁ!」

その辿々しくて情けない叫びに夏油は目を丸くさせ、

「あっははは!そうか、そうだな」

腹を抱えて彼女から離れる。

──女の子という子どもに近い響きの自分と、男の人が当てはまる夏油とでは不釣り合い。故にその差が恥ずかしい。

そうか。実愛は自分と男の人だと認識しているのか。夏油は涙が出て来た目尻を拭う。
鈍いようでいて、そこまでじゃないのだなと意識されていることに、それこそ年頃の少年が抱くようなくすぐったい感情が胸を占めた。

「私は"男の人"で、君は"女の子"だよ」

頭上にクエスチョンマークをたくさん浮かべている目の前の少女に恋している男は宣言するように言った。



2020.11.01