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自己言及かうんたーぱんち


言葉で表現出来るのならば、"一目惚れ"。というのが、まさにそうだった。
──一目見ただけで好きになる。本当に心が、魂が一目見ただけで彼女に惹かれたのである。

黄昏時に路地裏で真人がばったり会った少女。
薄暗がりにその身が溶けてしまいそうな服装はあの呪術学校のものだった。
戦闘になるか?とも思ったが、負ける気はしなかったし、すでに真人は彼女をなんとしても連れて帰る気だった。

自分のこの、呪霊にはそぐわない初めての感情を理解する為にも目の前の彼女を知る為にもだ。

「ねぇ、君、」

「なんなの?」と声をかける真人の横を少女は髪をなびかせて通り過ぎる。
無視、というよりはなにか違和感がある。それよりも近付いて分かったが、彼女自身がどうにも妙な気配だ。
生身の人間とはまた違う。より濃く感じるこれは──

「もしかして魂?」

隣を横切った彼女を振り返る。

きょろきょろと周りを見回す迷子のような仕草はどうやら本当に自分が見えていないらしい。
しかし呪術高専の学生で呪霊を視認出来ないなんてあり得るのか。そもそも今の彼女は魂だけの存在。
死人なのか、幽体離脱をしているか判別が難しいところだが、どちらにせよ魂だけとなっても自分達呪霊の
存在を察知出来ないのは実に不可解だ。

呪力が弱いなんてものじゃない。だとしたら呪力が無いのか。
しかしそんな──そんな稀有な人間がいるのだろうか。真人の顔は無意識の内に笑みを作る。
俄然、未知の存在である彼女への興味が沸いた。

触れてみたい、その魂に。負のエネルギーを持たないそれに。

真人は腕を伸ばして彼女の腕に触れようとしたその刹那──目の前に現れたのは枯れ木に似た手のようなもの。
ぞわりと全身に悪寒が走る。彼女の背後から出ているそれは、枝のように歪な形をした指で弾く様な動作をした。

した──と思った瞬間には、真人の上半身、右半分は伸ばした腕もろとも吹っ飛ばされていた。
そしてやや遅れて、パァンと発砲音の様な音が辺りに響く。音より速い衝撃に真人は後ろに倒れ込む。

なんだあれは。

身体を急ピッチで治しながら真人は思考を巡らせる。魂を直接叩かれたのはもちろんだが、それにしても治りが遅い。
しかしどうして呪霊とは似て非なる邪悪なあれにどうして今の今まで気付かなかったのか。
きっと巧妙に隠れていたに違いない。あんなものが堂々と大手を振って闊歩なんてしたりすれば辺りは滅茶苦茶だ。

「ははっ……面白いなぁ……」

思わず真人は夕闇に向かって声を放つ。こんな訳の分からないものがまだいるなんて。

起き上がることはとてもじゃないが出来ないので頭だけ彼女に向ける。
が、そこに彼女の姿はもはや無かった。

──誰ぞ彼。

日が暮れて薄暗くなり、相手の顔の見分けがつきにくい中で"あなたは誰?"と問いかける時間帯。
だから、黄昏時。

「本当に、君は誰なんだろうねぇ──」



    ◇



「なんだ真人。彼女に会ったのか」

「そりゃあ、そうなる」と夏油はけらけら笑う。
あれから四苦八苦しながら体を治している最中、偶然にも彼が通りがかって拾ってくれたのだがことの顛末を語ればこの扱いである。

「なに?知ってるの?あの子のこと」

笑われたのと彼女のことを先に知っていた彼が面白くなく、自然と真人の声音は棘を含んだ。
知っていたならいたで、教えてくれたっていいのに。全く、楽しくない。

「知っているもなにも、私の同期だ」
「は?どう見たって二十歳にも満たない子だったけど。第一制服着てたし」

夏油の同期と言うならば少なくとも二十代後半なわけで。余程の若作りじゃない限りそうには見えなかった。

「──彼女、十二年前から十七歳のままなんだよ」

そのまま彼の口から語られた彼女の素性。生まれながらの特級被呪者。呪力も無い、呪霊も見えない。
家系も特別なものでもないのに特異な少女。平凡な条件が揃った場所に生まれ落ちたはずなのに非凡にならざるを得なかった人の子。

知れば知るほど真人は彼女にますます惹かれていくのが分かった。
たった数秒会った少女に魂ごと掴まれて、もうどうにもならないほどに夢中だ。どこまでも一途な好意しかない。

「……彼女の、彼女の名前は?」

それは真人が今一番知りたい彼女のことだった。誰なのか分からない少女を誰であるかの確証が欲しい。
夏油はにんまりと口角を上げて不気味に笑った。

「神ノ門実愛」

神ノ門実愛。あぁ、自分は実愛に恋してるんだと真人は恍惚としながら名前を反覆した。



2020.11.20