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傍観者はヒメシロチョウ


ある日。八千代が蝶屋敷を訪れると胡蝶カナエ、しのぶ姉妹の他に小さな少女が一人増えていた。
可愛いなあと思いながら観察していると、

「…人買いに連れられたこの子を姉さんが不憫に思ったのよ」

つんとした表情でしのぶが教えてくれた。

「だって、こんな小さな子を縄で繋ぐだなんてあんまりだもの」

少女の頭を撫でながらカナエが眉を下げる。

優しい彼女がそういった場面に遭遇すれば心を痛めるのは容易に想像出来た。
そしてそんな姉を見たいられなかったしのぶが手を貸すのも想像に難くない───
というより、"天啓"が下ってその時の状況が見えた。

金銭をあんなに派手にばら撒くとはしのぶも大胆だ。
カナエを思って取った行動だと彼女はきっと言うだろうが、姉妹揃って優しいのがこの二人。
表面に出さないだけでしのぶもこの子のことを気の毒に思ったに違いない。
思わず笑顔になれば「急に笑って気持ち悪いわね…」と優しいとは程遠い言葉が投げられたが。

気を取り直して少女と目を合わせた。
目の前に八千代がいるはずなのだが、ぼおっとした様子でどこを見ているのか、
はたまたなにも見ていないのか朧げな印象だ。

「初めまして。私は八千代。あなたのお名前は?」

怖がらせないようにと笑って見せたが、彼女はぴくりとも反応しない。
しのぶが溜め息をついた。

「その子、人に言われなきゃ何も出来ないの」
「ほら、自己紹介して」

そうカナエに促されてやっと少女は、

「……カナヲ、です」

やっと八千代を認識したようにこちらを見つめて名乗る。
カナエと似た響きだと思ったら、どうやら名付けてあげたらしい。

「カナヲちゃん!素敵な名前だねえ」

カナヲの小さな手を両手で包み込む。
するとやや驚いた表情を見せたが、直ぐに無表情に戻ってしまった。

───どうでもいい。

"天啓"を通じてそんな声が聞こえて来た。
興味が無い、どっちに決まっても構わない。だから、どうでもいい。

あぁ、あまりに辛く悲しいことに彼女は考えることを放棄してしまったのだろう。
全てを投げ出してしまうのは確かに楽だ。人に導いて貰うのは簡単だ。

でもいつまでもそうはいかない。
一人になった時、カナヲはどうするのだろうか。と、ころんと畳の上に何かが転がった。

「…銅貨?」

握っていた彼女の手から転がったのは一枚の銅貨。

「カナヲが一人の時はこの銅貨を投げて決めるようにって」

カナエが銅貨を拾い、カナヲの手に戻して優しく握らせた。

「やっぱり私はその決め方はいいとは思えない」

しのぶが唇を尖らせて不満そうな表情を浮かべた。
確かに運任せで自分の意思とはいえず、場合によっては危険である。
けれども、八千代はこうも思った。

「…しのぶちゃんの意見にも一理あるけど、少なくとも"銅貨で決めてその結果に従う"っていう
のは一歩前進してるんじゃないかなあ」
「ふん!相変わらず甘い考え!」
「まぁまぁ、落ち着いてしのぶ。…もしかしてお腹が空いた?お昼にしましょうか」
「空いてない!全く姉さんはいつも…」

ぐちぐちと詰め寄るしのぶ。そしてそれを宥めるカナエ。
よく見る胡蝶姉妹の日常が始まった。

「ちょっと待ってようか」

八千代はふふっと笑ってカナヲの横に座る。

「…カナヲちゃんこれは秘密なんだけどね、」

カナエとしのぶを目に映しながら徐に口を開く。

「私もね───自分のこと、どうでもいいんだ」

目を丸くしてこちらを見上げる彼女に「秘密だよ」と唇の前で人差し指を立てて笑った、



2019.9.13