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カミジノホマレ・スライディングステージ





「おっと・・・ん?心操くんじゃないか!」

と、女子生徒がにこりとした朗らかな笑みに爽やかな声音。

階段を登っていた心操に対して、彼女は降りて来る側。
必然的に見下ろされる形になり、なんだか気分が悪くなった。
そうでなくとも、心操は上に佇んでいるこの彼女───剣先和叶に良い印象を持っていない。

「おいおいそんな怖い顔しないでくれよ」

困り顔で肩を竦める和叶に、心操は彼女が言う怖い顔を継続する。
相変わらず、人をおちょくるかの様なその言動には苛々してしょうがなかった。

剣先和叶はクラスメイトではない。彼女はヒーロー科で、接点が生まれたのは───

「騎馬戦で共に戦った仲じゃあないか」

そう体育祭だ。騎馬戦で運悪く和叶に声をかけてしまったのが全ての元凶であった。

今思えば、障害物競走で目立っていた彼女の"個性"を使えると思ってしまった自分に腹が立ってしょうがない。

「・・・そんな大した仲じゃないと思うけど?」
「つれないなあ〜」

言葉とは裏腹に、和叶はけらけらと笑い声を上げる。
踊り場の窓から差し込む太陽の光と重なって、心操は眩しさを覚えた。

いつまでも彼女と話していても埒が明かない。

心操は脇を通ろうと一段脚を上げた。瞬間、和叶が一言。

「洗脳───なんで解けたか気になる?」

それに脳が、体が反応して、心操の脚は元の場所に戻ったのだった。
一段上の和叶が愉快そうに目を細める。

心操の"個性"、洗脳。
緑谷出久に解かれた苦い思い出がまだ新しいが───彼の前に、目の前の彼女に解かれていたのだ。

自然と立ち話しする流れが出来、彼女と一緒に手摺りが無い方へ寄った。
邪魔そうに視線を投げかける者、珍しそうに眺める通行人達が自分と隣の和叶の前を過ぎて行く。

横目で話しの続きを促せば、彼女はゆっくりと語りだした。

「いやね、私も最初はキミの洗脳にかかったよ?」

確かに和叶自身が言うように、彼女は心操の問いかけに答え、確実に洗脳にかかったのだ。
だがそれも最初の内だけであり、いざ試合が始まって自分の命令を聞かずに彼女が行動を
取り始めた時には面を食らった。

「実に見事だったなあ。心操くんと会話した途端、こう、頭のてっぺんからつま先まで自分の
体じゃなくなったみたいな感覚だった。新鮮だったね」

和叶は感慨深くうんうんと頷く。
こんな風に“個性”を褒められるのは意外だが、それよりも彼女の口から出ていない根本を
心操は無言で催促する。と、和叶は思い出したかのように手を一つ叩く。小気味よい音が鳴った。

「あぁ、ごめんごめん。えっと私が思うにだね、強い想いで破られるんじゃないかと」
「強い想い・・・?」

抽象的過ぎる言葉を聞き、心操は訝しそうに復唱する。
そして、なんだそれはと思わず眉根が寄った。

「そう!一点集中な強い想い!」

人差し指を立て得意気に和叶は声を上げた。心操は小さくため息を吐いて頭をかく。
気になって話しに付き合ったが、その結果が今後の参考にはならない答えだったとは。

「はぁ・・・じゃ、お前の場合は?」

この会話に区切りを付けようとして心操は何気なく問いかけてみた。

「───殺意、」

抑揚が感じられない、機械に似た音声。
どうせ希望だとか夢だとか、チープな単語が出てくるだろうと決めつけていただけに、
彼女の一言には不意を突かれた。ヒーローらしくない言葉に隣の少女を見れば、始終顔に張り付いて
いるかのようなあの笑みはどこかに消え去っていて、虚無だけがそこにはあった。

得体の知れない不気味さに心操がぞっとすると、

「・・・なーんちゃって!」

たちまちに笑顔が戻ってきて、おまけとばかりに和叶は舌を覗かせる。
急な変わりように心操はつい目を白黒させた。そして同時に少し安心してしまったのだった。
先ほどの気味の悪い彼女の対処の仕方は、思いつかない。

しかし、冗談だったのかと思うとからかわれたようで良い気分はしなかった。
むすっとした表情を隠しもせずに不満を漏らす。

「ふざけるなよ」
「はははは」
「剣先くん!!!!」

突如、オールマイトのように高らかに笑う彼女の声をかき消す、更に大きな声が響き渡った。
大声の主は階段の踊り場から和叶と心操を見上げている。
いかにも真面目といった眼鏡をかけた男子は、1-Aの生徒であるのを心操は記憶していた。

大きな体格の彼はつかつかとこれまた大きな動作で自分達のとこまで上ってきた。
そして彼は心操を追い越して和叶に詰め寄った。

「なかなか戻ってこないから心配して来てみれば、こんなところで立ち話しなんて・・・!!」

「通行人の邪魔だろう!」と彼は指を激しく振る。

「せめて話すなら踊り場にしたまえ!!」
「ごめんごめん、飯田くん」
「謝罪は一回!」
「ごめんなさい」

謝罪と一緒に和叶は完璧な礼をしてみせた。

「よろしい!」

大きく頷いた彼、飯田は今度は心操に体を向ける。───嫌な予感に身構えた。

「君も同罪だぞ!周りの迷惑を考えたまえ!」

すると案の定、鋭い声が心操の脳を揺らす。そういう飯田も通行人の邪魔になっているのだが・・・黙っておく。
また面倒臭いのに捕まったなと渋い顔をすれば、すでにお叱りを受けた彼女が割って入ってきた。

「まぁまぁ飯田くん。そろそろ行こう。緑谷くんとお茶子ちゃんが待ってるんだろう?」
「・・・む。そうだな、戻ろう」

飯田がくるりと背を向けて降りていくのに和叶も付いて行く。
そして彼女は階下の踊り場で振り返った。

「心操くん、またね」

「ごきげんよう」と、小さく手を振って微笑む和叶。"また"なんて機会は正直喜ばしくない。
だって、彼女はよく分からない気味の悪さを奥底に沈めている。けれども好奇心か、はたまた怖いもの見たさか。

「・・・考えとく」

心操は次回のきっかけを作ってしまった。



2017.5.9