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憧憬の玉牡丹





「───時に緑谷少年。剣先という少女がいると思うのだが、」

憧れの雄英高校に入学して数日。
最初の一歩とも言えた海浜公園で出久は今日もオールマイトに訓練の手ほどきを受けていた。

その小休憩の中、並んで砂浜に座った隣のオールマイトが静かに語り出したのは個性的な
クラスメイトの一人のことだった。剣先、剣先和叶。
飯田と同じ中学の出だそうで彼共々仲良くしてもらっている。

「あ、はい。剣先さん。剣先和叶さんですよね?」

彼との話題はもっぱらオール・フォー・ワンのこと、ヒーローのことしか無かったため
不思議に思いながら出久は最高のヒーローを見た。

「私情で申し訳ないが仲良くしてもらえないだろうか?」
「えっ!」

トゥルーフォームのせいもあってか、どこか儚げな雰囲気の彼から出た言葉に出久は目を見張る。
すると、出久の反応に勘違いしたのだろう。オールマイトはしゅんと項垂れた。

「・・・難しいか、」
「あぁ!すいませんっ!違うんです、違うんです!」

出久はわたわたと手を振って誤解を解く。それから単に驚いただけだと伝えた。

「あの・・・剣先さんとオールマイトは───」
「詳しいことは彼女のプライバシーなので伏せさせてもらうが・・・
私はあの子の保護者という立場にいてね」
「えぇ!!オールマイトが保護者、」
「声が大きい!!」
「す、すいません・・・」

慌てて出久が口を閉じれば、「相変わらずキミは良いリアクションをするねっ・・・!」と
オールマイトは血反吐を吐きながらぼやいた。

「あの、オールマイト。どうしてそれを僕に・・・?」

口元を拭う彼をそろりとうかがう。

───オールマイトにも、和叶にも会って間もない自分になぜそんなことを頼むのか小首を傾げるばかりだ。
第一に出久に頼まなくとも彼女はすでに小学生の頃から飯田と交友関係があり、
更にはヒーローになるべくして共にこの雄英まで来た仲だ。いまさら出久の存在は必要無いだろう。

そして決定的なのは、"仲良くしてくれないか"とオールマイトが親身にならずとも和叶自身
コミュニケーション能力が高く、人に好かれやすいからだ。

行動を共にしているから分かったことなのだが、彼女の柔和な笑みや、芝居がかった言動は
気さくさがあり、壁を感じさせないのである。出久自身も、初めは女子との会話ということで
気恥ずかしさがあったか、和叶の親しみやすさもあって今では馴れたものだ。

わざわざ出久が交友を図らずとも、彼女は充分に他者とやっていける。
たぶんそれはオールマイトも分かっているのではないだろうか。

「・・・剣先さんはクラスの中でも中心にいると思います。だから、僕なんかが───」
「おっと!そこまでだぜ、緑谷少年」

止まれとばかりにオールマイトが片手を突き出す。その顔はいつになく真剣だった。

「私の大事な後継者を"そんなふうに"言うのは許さないぞ」
「!」

強い光を帯びた両目とまさかの嬉しい言葉に、はっとして出久は固く口をつぐんだ。
そんな出久の肩に軽く手を置いてオールマイトは静かに続けた。
暖かさと同時に安心感がじんわりと広がっていく。

「剣先少女はキミと少し境遇が似ていてね。なにより───ヒーローへの願望が強い」

『私は"お前はヒーローになれない"って言われたのを見返したくてね』

なぜヒーローになりたいのかとお茶子や飯田に聞いた際に、必然的に語ることになった和叶は、
「単純で申し訳ない」と苦笑しながら教えてくれたのだった(そんな彼女に飯田が、
「そんなことはない!!立派な動機じゃないか!!」と豪語していた)。

「・・・オールマイトは剣先さんのことを大事に想ってるんですね」

似ている境遇が気になったものの、詮索はせず、彼女のことを話す時の彼の優しい顔に
出久は素直に口に出した。

「あぁ・・・大事だし、心配でもあるな」

オールマイトは胸元で手を握り締める。物柔らかな口調と表情はさながら娘を想う父のようで。
そこからヒーローとしての気持ちと、ヒーローである前の彼自身の気持ちが伝わってくるようだった。

あのオールマイトたっての頼みもあるが、その想いの深さに出久は強く揺り動かされた。
彼に向けて首を大きく縦に振る。

「───分かりました、オールマイト。僕でよければ喜んで!」
「そうか!!ありがとう、緑谷少年!」

オールマイトの笑顔に出久も笑う。
目の前の偉大なヒーローにも、良くしてくれる和叶にも、少しでもなにか出来ればと
密かに己を奮い立たせる。

だが、出久は気付かなかった。胸元で握り締めたオールマイトの拳が震えていたこと。
そして知り得なかった。銀幕の女王のように華やかな和叶にほの暗い舞台裏があったことを。



2017.4.26