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まわたのかほりは罪深い





───剣先和叶という少女は実に模範的な生徒である。

成績優秀、素行も至って問題無し。同級から慕われ、教員からも一目置かれる。
そんな"一見すれば"正に絵に描いたような優等生だった。





「・・・相澤先生?」

うっすらと目を開けた和叶が相澤を確認する。
ベッドから起き上がろうとした彼女に相澤は首を横に振った。

「いい。寝てろ」
「はい」

和叶は静かに返事をして再びベッドに体を戻す。
白い掛け布団から覗く顔は同じように白く、本調子で無いことが分かった。

彼女は実技の授業中、“個性”の使用過多でキャパオーバーを起こしたのだ。
倒れたり重症ではなかったものの、他人に指摘されるまで鼻血に気付かなかった和叶を
相澤は保健室に行くよう命じた。“個性”の使い過ぎで起きる体への異常は人によって様々だが、
彼女の場合は鼻や目、時には耳や口からの出血が起きる。これを相澤は事前に知っていた。

───そうして今。授業が終わった相澤は、こうして和叶の様子を見に来たのだった。

「血は止まったようだな」
「はい。おかげさまで」

相澤は彼女をじっと見る。確かに外に出た異常は治ったようだが内面まではまだ分からない。
今日の授業はあと一限のみ。大事を持って帰らせた方が懸命かもしれない。
授業に戻らせれば、周りの人間の心配に気を使い見栄を張る可能性がある。

和叶はその傾向が特に強い。帰らすことにしよう。

「まぁ、次の授業で最後だし、このまま休んで今日はもう帰れ」

「HR終わったら飯田にでも鞄持って越させる」と続ける相澤に彼女は早口で割って入る。

「いえ、そこまでじゃ、」
「休める時に休むのもヒーローの仕事だ」

相澤の一言に、和叶はしばしの沈黙のあと目を伏せながら頷いた。

「・・・はい。先生の言う通りにします」
「それでいい」

彼女が最後に折れることは最初から分かっていた。優等生は決して先生には歯向かわない。
常に従順で協力的な存在である。この少女はそれを徹底して演じているのだ。

そしてその演技力の根源たるものは───ヒーローになるため。
今の世の中、誰もが一度は強く望む大きな夢。ただ、"なりたい"という綺麗な憧れと違って
和叶の場合は"ならなくてはならない"という強制的な押し付けの概念であった。

彼女の生い立ちや境遇を考えれば合点がいくことだ。
善の代表ともいえるヒーローという役を初めて勝ち取ってこそ、剣先和叶という少女は
やっと一歩前進することが出来る。彼女自身で評価を受けられるのだ。

優等生を演じられるだけあって、和叶の素質はヒーローになるには充分である。
“個性”も経験も群を抜いている。彼女はヒーローになれるだろうと、相澤は贔屓目なしに断言出来た。

だが、なれたとしてもそれは短い期間だろうとも同時に断言出来た。
今の和叶の状態を見て分かる通り、攻撃的で消費の激しい“個性”に彼女の体がついていけてない。
追いつかないばかりか、逆に痛めつけている。少し前の緑谷出久と同じだ。

しかし彼は“個性”のコントロールを覚え、“個性”との引き換えであった損壊を克服した。
だが和叶の場合は“個性”のコントロール───そもそも“個性”が問題ではなく、
単純に彼女の体が“個性”を使用出来る状態じゃない。使えば使うほどに、寿命すら縮んでいく。
ヒーローにはなれる。けれども、“個性”の使用の果てに摩耗した体では先が見え過ぎていた。

ならばなぜヒーローを目指すのか?"ならなくてはならない"脅迫だからだ。
ヒーローにならない和叶を周りが許さない。認めない。
かくいう相澤もそんな要因の一部になってしまっている。

「・・・じゃ、俺はそろそろ行く」
「わざわざありがとうございました。飯田くんやみんなには心配しないように言っておいてもらえますか?」
「あぁ」

やはり自分より他人を気遣ったと思いながら、相澤は椅子から立ち上がる。
そして最後に釘を刺すように彼女に言っておく。

「大人しくしてろよ。あと、自己管理もしっかりな。怠るようじゃヒーローには、」

なれないと出しかけた口を相澤は閉じた。これは目の前の少女に言うにはなにより重い言葉だ。
あの声の大きい同期が目にしたら言い淀むなどらしくないと笑われそうである。
こんな時、彼だったらどうするのだろうかとまたらしくないことを思ってしまう。

「分かってます」

相澤が不自然に切った言葉尻を繋げたのは和叶だった。
凛とした声に似合う真剣な表情で、彼女はこちらを挑むように見上げていた。

「先生、私分かってます」

和叶はそう強く二度、言葉を放った。会話からしたら自己管理は大丈夫だと言っているように
捉えられるだろう。しかし相澤には自分がためらって飲み込んだ、"ヒーローにはなれない"を
彼女が肯定しているように思えてしまった。



2017.9.29