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沈没する世界と七段花





夕方の商店街。
飯田と和叶の学校からの帰り道であるそこは、いつも賑わっているが今日はまた格別であった。

主婦に若者に自分達と同じ学校帰りであろう学生。
今まで見たことが無いこの群衆達はいったいどこからやって来たのか。それほどまでの混み具合だった。

「どうやらイベントをやってるみたいだね」

和叶が指差した電柱にはお世辞にも上品とは言えない配色のビラが貼られており、
安売りや開催期間限定の商品などなど、商店街全体で開催しているようだ。

「そうみたいだな・・・にしても、こんな広告昨日まであっただろうか・・・?」

毎日通っている道であるはずなのに、目にした記憶が無いそれに飯田は訝しむ。
こんなに派手な色合いの広告であれば目に入るはずなのだが・・・

「普段目にしてると思っている日常でも見落としているものがあるってことさ」
「なるほど・・・」

彼女の少し深いような言葉に飯田はゆくっりと頷いた。
こういった時折放つ和叶の一言に、昔から感慨を覚えることが多い。

「それにしてもすごい人だ」

商店街の端から端まで広がる人の群れを、彼女はかかとを浮かして見渡す。
飯田も一緒になって改めて人混みを見る。行き交う人々はすれ違うだけでも窮屈そうだ。

「しかし、行くしかないな・・・」
「だね」

生憎とこの道を通らずには帰る手段が無い。人の波を見極め、二人で集団の一部になる。

「そうだ!せっかくだから明日は帰りに買い物でもしようじゃないか、飯田くん!」
「むっ!家に帰るまでが学校だぞ!」

多くの人々の中では、隣にいても声が聞き取りずらく、会話は大声だ。
飯田の注意に、「ははっ遠足と同じ定義かい?」と、和叶は可笑しそうに笑う。

「───じゃあ、家に帰ってからはどうかな?」

突然の予想だにしなかった誘いに、飯田は一瞬黙った。
家に帰ったあとならば、それは完全なプライベートであってなんら問題は無い。そして飯田が断る理由も無い。

ただ単に、そこまで自分を誘ってくれる彼女の真意が気になった。
が、飯田の気持ちを上げた当の和叶は、次の瞬間には薄く微笑みながら見事に落としてみせた。

「緑谷くんやお茶子ちゃんも誘ってさ」

飯田は思わず、がくっと体制を崩す。
がっかり感と敗北感が否めないのは何故だろうか。

「飯田くん?・・・わっ」

立ち止まった飯田を不思議そうに振り返った和叶だったが、人の流れに巻き込まれ、離れて行ってしまう。

「剣先くん!」

飯田もまた、人に押されるようにして彼女を追いかける。
しかし、絶え間ない一定の速度になかなか距離は縮まらない。
小柄な和叶は姿が見え隠れして、人に埋もれてしまいそうであった。

隣から消えた和叶に気持ちが落ち着かず、飯田は自身の体格でもって強引に人垣をかき分けて前に行く。
そしてある程度近付いた彼女に向けて手を伸ばす。

「剣先くん!!」

呼びかければ、和叶も自分に向かって手を伸ばす。

「飯田くん!」

彼女の小さな爪が付いた指先が、届きそうで届かない。
歯がゆい距離に、飯田は力強く一歩踏み込み───ついにその手を取った。

そうして離すまいと、がっちり握って一先ず端へと移動した。
店と店の間にある路地裏前は人々の熱気とは無関係で、ひやりとした空気が漂っていた。

「あははは、まるでロミオとジュリエットみたいだったね」
「悲劇ではないがな・・・」

涼しげに、何事も無かったかのように笑う和叶に比べ、飯田は些かの疲労を感じていた。
前から彼女はどんな時でも余裕があって、その逆に飯田は切羽詰まった状況が多かった。

一息ついて呼吸を整える。
と、視界に入った繋がれた手に、今更ながら羞恥心がやって来た飯田は慌てて離した。空いた掌がひんやりとする。

「す、すまない。つい夢中で・・・」
「謝ることなんてないさ。むしろその手にお礼を言わないとね」

「ありがとう、助かったよ」と、乱れた髪を整えながら、和叶は口角を上げた。
そうして、髪から滑らせた指を優雅な動作で飯田に差し伸べた。

「あと、これは提案なのだけれど───また離れ離れになってしまわないように、自主的に手を繋いでいったらどうだろうか?」

そう、片手を後ろに回して紳士のごとく尋ねる和叶。自分も今しがた思っていた考えだが、
恥ずかしくて言い出せなかったとその言葉。彼女はいとも簡単に与えられた台詞のようにして
演じてしまうのだから全く羨ましい。

「・・・そうだな、」

飯田はそっと手を差し出して、和叶の手に上から重ねた。握られた手を、反射的に握り返す。
ひんやりとした掌に再びあの熱が戻って来た。

さっきは夢中で握っていたから気付かなかったが、和叶の手は驚くほど柔らかい。
掌も豆の類いを一切感じないほどだ。

この手から"個性"によって武器が作られると思うと、一種の背徳感、矛盾を覚える。
穏やかな彼女に反してのあの攻撃的な"個性"はいったいなんなのだろうか。

"個性"とは何を基準として与えられるのだろうかと考え込んでしまう。

と、思考に入った飯田を、和叶が繋がれた手を引っ張って現実に呼び戻す。

「さぁ!再び挑もうじゃないか!」

スクールバッグの持ち手を肩にかけ直し、彼女が人混みに向かって大きく踏み出す。
先導して歩く背中に置いて行かれまいと飯田も歩を進める。

気付けば自分の一歩先を行く和叶。唯一遅れを取らずにいるのは、彼女の手を覆える大きな自分の手だけだった。



2017.5.21