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憎し深緋


―――目の届く範囲にいること、人に迷惑をかけないこと。
そうは言い聞かしたつもりだが、全員の耳にきちんと届いたかは不明だ。
返事だけは元気よくして、颯爽と市場の中へ散っていった弟達に一期一振は
溜め息をもらした。

まぁ、薬研が自分に任せておけと弟達のあとを追っていってくれたし、
全員根はしっかりしている子達だ。一期は大丈夫だろうと弟達を信じることにした。

今日は自分と主、そして粟田口の弟達と共に市場へと来ている。
こうも大勢でやって来たのは、先日執務中の主に「主!ボク市場に行きたい!」と
乱が小さなわがままを言い出したのがきっかけだった。

主に文を届けに行くのに、自分もと付いて来た彼のこの言葉に一期は
「こら、主を困らせてはいけないよ」と、軽く注意をした。
けれど、それに反してたからは「あぁ、いいぞ」との即決。

色好い返事を貰えた乱は、やや狼狽える一期を置いて「本当!?約束だよ、約束!」と
彼女と小指を絡ませる。―――そこから乱が自慢でもしたのか、粟田口内でそれは広まり、
自分も行くと数を増やしていった結果。弟達と、いつの間にか入れられていた自分、主で
行くことが決まったのだった。

がやがやと賑わっている市場は、人々の笑顔があちらこちらに見えて活気に満ちている。
平和が一番と、末弟の前田の言葉を思い出し、一期は本当にその通りだとしみじみ納得した。
弟達も実に楽しそうにはしゃいでいる。こんな機会を与えてくれた主に感謝しなければ。
と、一期は隣の彼女を見る。

―――当のたからは、じっとどこかに注目していた。一期もその視線を追う。
そこには父親とその子どもらしい親子が、手を繋いで市場を巡っている姿があった。

「仲が良い親子ですな」

微笑ましい光景に一期は素直にそう言った。

「・・・・・・そうだな」

彼女にしては少し間の空いた応答であった。
そしてその顔に浮かべた表情はこれまた珍しく、うっすらと眉間にしわを寄せた
苦笑いだった。現世に残した家族を恋しく想ってのもの―――ではないのは一目瞭然だ。
父親と、もしくは親と良好とは言い難い関係だったのだろうかと、一期は憶測してしまう。

「あれが"親子"と呼べる形なんだろうな」

たからが呟く。人々の活気の中に消えてしまいそうな小さな声であったのに、
不自然に浮いた。仲が良いことを指しているのだろうか。
いつもと雰囲気が違う彼女に不安を覚えて、一期はつい口を開いた。

「十人十色とも言いますし、親子の形もまたそれぞれなのではないでしょうか」

「刀の私が人のことを語るなどおこがましいでしょうが・・・」と加えて一期は自嘲する。
しかし、自分達粟田口派も人とは形が違うが、同じ刀工、粟田口国吉によって打たれた刀、
兄弟だ。目には見えない絆を感じている。

「それぞれ、か・・・」

たらかは目を閉じてふっと笑った。それから目を開けて、

「―――私はそうは思えない。私にとって"父親"とは血が繋がっている、ただそれだけの
関係だ」

と、冷たく断言した。"父親"と、やけに余所余所しい言い方であった。

「ましてや親子の情など有り得んよ。なんとも思わん」

彼女はいやに清々しい笑顔で口にした。

主のことを聞けばこんのすけは、"名誉ある素晴らしい家の生まれだ"と誉めちぎるが、
どうにも彼女から話しを聞くと甚だ疑問である。
優れた家柄であるのは確かなようだが、ただそれだけのように思えてならない。
体裁だけを保つ家など、果たして素晴らしいと言えるのだろうか。
それこそ十人十色かもしれない。けれど、少なくともたからにとって幸せな場所で
ないことは確かだ。

「主、」
「・・・すまん、なんとも思ってないのは嘘だ!」

なにを言ったら分からないものの、とりあず声をかけた一期を遮り、たからは
茶目っ気を含んだ笑みをした。

「本当はな―――」
「主君!いち兄!」

そんな元気な声で登場したのは秋田だった。薬研も一緒に付いて来ている。

「おぉ、秋田。嬉しそうだな、どうした?」

たからは秋田の頭を撫でながら聞く。

「あっちのお店に珍しい物がいっぱい売ってるんです!主君といち兄にも見せたくて!」

秋田は瞳をきらきらと輝かせて一所懸命になって彼女に報告する。

「そうか、そうか。どれ、見に行こう。連れて行っておくれ」
「はい!!」

そうして、秋田は急かすようにして主の手を引きながら歩いて行った。

「・・・いち兄?らしくねぇな、ぼぉーっとしてよ」

二人の後ろ姿を見送っていれば、薬研に顔を覗き込まれる。
そのまま彼はじっと一期の顔を見つめたあと、真面目な顔つきになった。

「大将となんかあったのか?」
「いや、そういうわけでは・・・」
「ふーん・・・まぁ、そういうことにしとくぜ」
「助かるよ」

どうにも鋭い弟の言葉に、一期は甘えることにした。
それから秋田とたからを追って二人で歩き出す。

―――人混みの中、一期は先ほどの彼女の唇の動きを思い出す。
秋田が現れたあとも、主はまだ口を動かしていたのだ。
口の両端をすっと横に引いて紡いだあの三文字。

『憎い』



2015.8.5