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櫨染ヒメユリ


まだ、太陽が地平線の上から頭を覗かせているが、辺りはもう薄暗い。
すれ違った人の顔が分からなくなる黄昏れ時だ。

「見つけたぞ、まんば」

庭の桜の木の下に座り込んでいた山姥切は、上から降ってきたその声に顔を上げる。
薄暗い中でも、何故だか輪郭がくっきりとして見えた。
しかし、顔が分からずともこの声だけで分かる。

「―――何の用だ」
「晩飯の時間だ」

ぶっきらぼうな山姥切に対して、こちらを覗き込む主は愛想良く微笑む。
山姥切は自然と目を逸らす。影のような自分とは違い過ぎる彼女―――
特にこの笑顔が苦手だった。

「写しの俺に、わざわざあんたが声をかける必要はないだろ・・・」
「写し、ねぇ・・・」

呆れたような声にたからを見れば、彼女は苦笑しながら頬をかいていた。

「あんたみたいな光の中を歩いて来た人間には分からないだろうよ」

山姥切はむっとして吐き捨てるように言う。
―――以前に「たから様は、それはそれはとても秀でた名誉ある家柄の御息女様なのです」
と、こんのすけがまるで自分の如く自慢気に話していたのを覚えていた。
それに、実際彼女が家の名に恥じぬほど優秀であるのも充分に分かっている。
模造品じゃない唯一のたからには自分の心情など知る由もないだろう。

「はは、光か・・・」

「これが案外そうでもない」と、彼女は山姥切の隣に腰を下ろした。
それから胡座をかき、どこか遠くを見つめて語り出す。

「―――私は血筋こそ高貴だが、この世に生まれ落ちる前には母親の胎内で
存在を否定されてな」

自身のことなのに、たからはまるで他人のことのように話す。
自分が一方的に刀剣男士達のことを知っているのは不公平だから、自身のことも教えると、
出会って間もない頃彼女は言っていた。

しかし、決まって主が身の上を語る時は、こうして第三者のような振る舞いをするのだ。

「というのも、代々私の家系には女人がいない。・・・必要がないと言った方が正しいか。
女など男より劣る、そういった考えの家なんだ」

彼女はふっと鼻先で嘲笑う。

「本来ならば女と発覚した時点でおろされるんだが、色々と試したいことが
出来たらしく・・・私を生んだ」
「・・・審神者として、か?」
「いいや。歴史修正主義者の過去への攻撃は近年になってからだからな。
それでも審神者として寄越したのは、"試したいこと"の一貫であるのと、あとは
家の功績の為だ」

先程から主は"試したいこと"とぼやかすが、山姥切は自ら問いはしなかった。
彼女が自らそうするのは、自分がそれを聞くに値しなからだ。
―――たからが、主がそう判断したのならば山姥切は従うまでである。

「つまり私はな、道具として生まれて育てられたのだよ」

彼女は本当に人ごとのように淡々と言ってのけた。

道具という表現は、自由奔放そのものであるたからには不似合いで。
なんだか冗談にも聞こえた。だが、こんな冗談があるだろうか。
少なくともたわむれに言う話しではない。そう思ってしまうほどに、気分が良いものじゃ
なかった。

自分は刀だ。道具として扱われるのは当たり前である。
けれど、道具という概念にない人がそんな扱いを受けるのは不当じゃないだろうか。
しかし山姥切には、

「それを俺に聞かせてどうしたいんだ、」

と、やっとのことで言うしか出来ない。
所詮、写しの自分には主の望むことなど叶えられやしないのだ。

「・・・私は道具で元から誇りもなにも無いが、お前には"国広の最高傑作"という
誇りがあるだろう?」

「だからもっと自分に自信を持てって話しだ」と言って、たからは立ち上がった。

―――同情されたのかと思ったが、少し違うようだ。
彼女は山姥切をかわいそうに感じたのではない。お前は自分に比べたら幸せだと諭したのだ。
一緒の天秤で測れるものかと心の中で批判したが、国広の第一の傑作だと
誇りを持っているのは確かである。でも、たからにはなにも無いらしい。
と、自分では気付いてないようだ。

「・・・あんたにもあるだろ、」

山姥切は立ち上がって、体をひねっているたからに声を投げかける。
彼女はこちらへ向き直った。首を傾げて全く気付いていない主に、山姥切はそれを
教えてやる。

「この本丸にいる名だたる名剣名刀の"主"っていう誇りが」

そう口にしてから、らしくないなと山姥切は布を深く被り直す。
主もらしくないと思っているだろうか。山姥切はそっと様子を窺ってみれば、彼女は
ぱちりぱちりと瞬きを繰り返したあとに笑い声を上げた。

「はっはっは!そうだな、うん。そうだった!」

たからはしきりにうんうん頷きながら笑う。その喧しさに山姥切は顔をしかめた。

「なにがそんなに面白い」
「はは、面白いというよりは嬉しいんだ。・・・うん、私は山姥切の主なのだから
誇りを持たねばいかんな」

彼女は綺麗に微笑んで山姥切の頭をぽんぽんと撫でた。
山姥切は恥ずかしさからその手を軽く撥ね除ける。

「写しの俺のことなど、どうでもいい・・・!」

言い捨てて、早足で立ち去る。熱を持った頬を冷やそうと、歩調は更に速度を増す。

「ちゃんと大広間に行くんだぞー!!」

なんてたからの声があとから追って来たが、言われなくとも最初から
山姥切の足は大広間に向かっていた。



2015.8.5