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青碧デッドストック


馬当番を終えた秋田と一緒に一期が廊下を歩いていれば、主の後姿を見つけた。
すると、「主君だ!」と小さく喜びの声を上げた秋田は途端に駆け出す。
―――廊下は走らないと言いかけた一期だったが、あっという間に離れて行った弟に
それはもう遅く、苦笑して口を閉じた。

弟達は「一緒に遊んでくれ」とたからにせがむほどに懐いている。
そして中でも取り分け、秋田がその傾向が強かった。
粟田口、短刀で一番初めに彼女に出会ったこと、それから諸事情で一時期は主と歌仙と
秋田で暫く過ごしていたのもあり、大分甘えたになったようだ。

「主君!」

彼はぼすんと、たからの腰に飛び付くようにして抱き着く。背後からの衝撃に顔を向けた
彼女は、秋田を確認して微笑んだ。

「おぉ、秋田。内番の帰りか?」

たからはしゃがんで、秋田と同じ目線で話す。短刀達と接する時、彼女は
こうすることが多い。一所懸命に身振り手振りで伝える弟達に、たからもまたたくさん
頷いて聞いてくれる。一期はその光景を見る度に、あぁなんと良い主に巡り会えたのかと、
嬉しく思うのだった。

「はい!いち兄と一緒に頑張りました!」
「そうか、そうか。流石だ。よく頑張った」

たからは目を細め、優しい表情を浮かべながら秋田の頭を撫でる。
彼はそれをはにかみつつ、受け入れた。そして彼女は、遅れてやって来た一期にも
その優しい表情を向けた。

「一期もありがとう」
「いえ。成すべきことを成したまでです」

そんな一期に「硬いな」と、たからは小さく笑う。鶴丸にもよく言われるそれに、
一期は苦笑した。"お前はどうにも硬い、もっと柔軟になれ"と、長い時を生きてきた彼は
助言のように漏らすのだ。

「ふむ―――少し屈め、一期」

立ち上がった彼女が自分を見つめて言う。

「?こう、ですかな?」

不思議に思いながらも、一期は言われた通りに少し屈む。
自分より下にあったたからの顔が近付く。美しい顔を構成している部品の一つ一つが
よく見える距離だ。人間離れした美しさに一期がぼんやりと見とれていれば―――
それは急に覚めた。

頭皮をなにかがなぞる感覚。
わしわしという効果音が聞こえてきそうなこれは、一期もよく知っていた。

「あ、主っ?」

一期は自分の頭を撫でている主に困惑しながら声をかける。
自分だって弟達によくする行為だが、するのとされるのでは大分違う。
それも主であるたからならば尚のことだ。

「なんだ?」
「えっと、なにをなさって・・・?」

狼狽える一期とは逆に、たからはきょとんとして答える。

「見れば分かるだろう?お前の頭を撫でている」

「嫌か?」と、彼女はすぅっとなぞるようにして指を滑らせ、一期の耳の淵を伝い、
最後に耳たぶをやんわりと摘まんだ。そのどこか甘美な刺激に思わず背筋が痺れる。

―――嫌なはずがない。
たからの柔らかく、暖かい手が頭を往復する度に心地良い気分が胸に広がる。
ずっとこうしていて貰いたいと、欲張ってしまうほどの魅力があった。

妖しく笑う彼女の瞳に吸い込まれるように、一期がその旨を伝えようと口を開きかければ、

「いち兄、顔が真っ赤!」

弟がいることを思い出し、はっとして兄としての自分を取り戻す。

「ははは、本当だ。正に、"いちご"と言ったところか」
「主・・・!」

無邪気な笑みを浮かべるたからに、一期はまだ熱のある顔で非難めいた声を上げる。
しかし彼女はどこ吹く風で。

「すまんな。少しからかい過ぎたようだ」

耳元でそう囁いてから、ぽんぽんと頭を軽く撫でて離れた。
からかわれたことを知り、一期は思わずぼやく。

「・・・お人が悪いですぞ、主」

けれど、そんな言葉すらからかうように、たからは嬉しそうに笑うのだった。



2015.9.8