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汝、青藍を信仰せよ


「主は普通に俺達に真名教えてますけど、それっていいんですか?」

政府から来た文に目を通しているたからの横から、鯰尾は一緒になって覗き込む。

彼女が別段隠したりしないのは、審神者と政府の間での重要な書類は自分達、
刀剣男士達には読めないように術が施してあるからだ。
こうして覗き込んでいる今も、所々妙な空白があって読めない箇所が幾つかある。
酷い時には全部白紙の時もあった。

―――政府からの文を届けたあと、どうせだからと鯰尾は主の部屋にお邪魔していた。
一期には真っ直ぐに戻って来るようにと言われたが、せっかく彼女のところに来たのに
やはりそれはもったいない。あとで帰りが遅いと詰め寄られても適当に流す予定だ。

「神隠しの心配か?」

目を通し終えたらしいたからは、文を畳んで入っていた封筒に戻した。
自分の言わんとしていることを言い当てた彼女に、鯰尾は一つ大きく頷く。

「そうです!神隠しですよ、神隠し!」

聡明なたからが知らないはずがないとは分かっていたが、しかし、ならばなぜ
教えてしまうのか。誰かが彼女を"欲しがって"しまえば、簡単に真名で縛られて
"連れて行かれて"しまう。まぁ、例え真名を知っていなくとも、その気になれば強引に
連れて行けないわけでもないのだが。

けれど、より簡単に連れて行かれてしまうであろう状態にある主を、鯰尾は
心配しているのだ。しかし決して、この本丸内にたからを隠してしまおうと
企んでいる輩がいると疑っているわけではない。

でも、そんな鯰尾の心配を彼女は「大丈夫だ」と片付けてしまう。

「心配しなくとも、私を連れて行きたいと思うものはいないさ。お前は連れて行きたいか?」
「まさか」

鯰尾は静かに首と手を横に振る。―――たからのことは大事だし、大好きだ。
しかし、"連れて行く"という好意はそんな大好きな彼女を壊して失ってしまうことだ。
たからはこの現世だからこそ、こうして彼女自身でいられるのであって。
所詮、人が神の域で保つには無理があるのだ。

だが、鯰尾がたからを隠したいと思わないのはそれだけではない。
彼女は他の人間に比べて、圧倒的に"近い"のだ。連れて行ってしまいたいと思えないほどに
距離が近い。それはきっと、たからが主という立場だから結び付きが強いのだろうと
鯰尾は考えているが、正直分からない。もしかしたら自分だけじゃないかもしれない。
が、口に出すべき話題ではないのは明白である。

「―――でも、もし俺の気が変わったらどうします?」

鯰尾は彼女にずいっと近付き、にやりと笑って下から見上げた。
ただの好奇心からの言動だった。そうしてたからもそれに答えるようにして―――
にこぉっと背筋が凍るような笑みを浮かべた。

「鯰尾藤四郎」
「っ、」

微笑みをたたえた唇から発せられた自身の名前を聞いた途端、鯰尾の体は硬直して
動かなくなった。指も、視線も、瞬きすら出来ない。

「全く、神というのは見下ろしてばかりで見上げるということをしない」

彼女は溜め息を吐くように、呆れた物言いをした。
そして鯰尾の顎を指先で捉えたたからは、鼻と鼻がぶつかるほどに顔を接近させ、
目を見開きながら口を動かす。それは、人の域を超えた美しい表情だった。

「覚えておけ。なにも名で縛れるのはお前達だけではないぞ―――」

鼓膜と脳裏に刻み付けるような、いつまでも残るであろう声音だった。



2015.9.3