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うつくしき ぜつぼうの 紅赤


「えっ!ちょっと、主!どうしたのさ!?」

清光は主の顔を見てぎょっとする。

執務中の主も格好いい!なんて惚れ惚れしながら、たからと会話していた最中のことだった。
しかし、当の本人は全く持って加州の反応の意味が分からないらしく、不思議そうに
首を傾げた。

「なんだ清光?私の顔になにか付いているか?」
「そりゃもう綺麗な顔が・・・って違う!―――なんで泣いてるのって聞いてるの!」

「どこか痛いの?」と、心配しながら清光が指で涙を拭ってやれば、彼女はやっとそこで
自分が泣いていることに気づいたようだ。それからたからは一度瞬きをして、

「大丈夫だ、なんともないよ。昔からたまにあるんだ」

と、至極普通に言ってのけた。
―――けれど、何でもないのに涙が出るなんてあるのだろうかと清光は思った。
悲しい、痛いから涙が出る。それは清光も経験済みだ。そして嬉しい時にも涙が出る
ことがあるのも知っている。

だからこそ、涙というのはなにかしらの感情が作用して出るんじゃないかと思うのだ。
本人も自覚が無い涙。それはなんだか、身体が悲鳴を上げているような気がした。
いつも笑っている主だから尚のこと、清光はそう思えてならなかった。

ねぇ、主。昔からってほんとに大丈夫なの?

喉元まで出かかったその言葉は、いざたからの顔を見ると、胃に下がっていってしまった。
もうこれは終わった話しで、再び浮上させてしまえば彼女に愛想を尽かされてしまうような
感じがした。

そしてそれが少しでもよぎってしまえば、清光はたちまちになにも出来なくなって
しまうのだ。





縁側で目当ての人物―――刀を見つけた清光は、「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ、」と隣に腰かける。

「―――人ってなんでも無いのに涙が出ることってあるの?」
「はっはっは。人の子のことを俺に聞くか」

こっちは真面目に聞いているのにと、肩を揺らして笑う隣の彼、三日月に清光はむっと
眉間にシワを寄せた。

「だって俺より長生きしてんだから、その分長く人間を見てきてるでしょ?」
「ふむ、それもそうか。しかし、俺の他にも長生きしてる爺がいるだろう?」
「・・・鶴丸は論外だし、鶯丸は気付いたら大包平の話しばっかだから消去法で三日月」
「ははっ、確かに。だが、主のことなら俺よりもっと適任がいるではないか」

にこりと三日月が笑うのとは真逆に、清光は顔を思いっきり顰める。
彼が誰のことを言っているのか分かる。言わずもがな、近侍の座に就いている歌仙だ。
この本丸で誰よりも主に近くて、誰よりも主を知っている刀。

羨ましくて妬ましい、清光の目の上のたんこぶだ。

「歌仙に聞くのは負けたような気がして・・・嫌なんだよ、」

清光は視線を下にやって、むすっと膨れた。それを三日月は声を上げて笑う。

「はっはっは!若いなぁ、加州よ」
「・・・そりゃ、あんたに比べたらぴちぴちだっての」

「で、質問の答えは?」と、清光はいつまでも笑っている三日月をじとっと横目で見る。

「そうさな―――時に人は、絶望感からふと涙が出るらしい」
「絶望・・・?」

清光は呟くも、どうにもたからには似合わない単語で、空虚な響きとなった。
なにに絶望するというのか。もしや現状に?そこで清光はさっと顔を青くさせる。

「もしかして審神者に、俺達の主になったこと・・・?」

出した声と、言葉を紡いだ唇は震えていた。今まで考えたことがなかった。
清光は主に出会えたことがこんなにも嬉しい。でも、彼女はどうだろうか。

自分達を愛してくれてはいる。しかし、現状をどう思っているのだろうか。

「違うな。主が絶望しているのはもっと根本的なことだ」

ぐるぐると思考を始めた清光を止めるように、三日月は静かに首を振った。
そして瞳の中の"三日月"を妖しく輝かせる。

「―――あれはな、己の生を嘆いているのだよ」

"昔からたまにあるんだ"

瞬間、たからの言葉を思い出す。それからあの一筋の涙。
片目からすっと零れ出た滴は美しく、清光は息を呑んだのだ。

あれが絶望だと言うのならば、あんなにも美しい絶望を清光は見たことがない。



2015.8.26