「主はさ、"前の主"の話しとかされても気分悪くしないの?」
と、隣で庭の牡丹を眺めている彼女に安定は言った。
たまたま出会ったたからに、「牡丹の様子を見に行くんだが、安定もどうだ?」と
断る理由も特に無かったのでこうして付いてきた。
庭に植えられた牡丹は赤紫を中心に白や藤紫色のものが咲き誇っている。
どれも大輪で実に鮮やかだ。
たからは牡丹に注いでいた瞳を安定に向け、口角を上げて首を傾げる。
「なんでだ?私よりも一緒にいた時間は長い。当たり前だと思うが」
「・・・いやに割り切りいいんだね」
安定はなんでもない風を装ったが、内心では少し寂しく思った。
当たり前だと言う彼女の言葉は、自分の想いを尊重してくれているようでいて、
別に自分にどう思われようが構わないといった、突き放されているような感じがした。
―――清光にもよく指摘される通り、安定が捻くれた性格だからそう考えてしまうの
だろうか。
けれど、主が自分を大切にしてくれているのは分かっているつもりだ。
大事にしてくれて、どんなことも許容してくれる。
でも、前の主のことを進んで聞いてくるのはよく分からない。
普通、そういった話しはされたくないものじゃないのだろうか。
安定だったら、自分がいるのに他の刀の話しをされるのは気分が良くない。
まるで比べられているようで不愉快だ。その辺和泉守は妙に割り切り、胸を張って語るが、
彼は些か無神経だ。
―――たからは良い主だ。
あの面倒くさい清光の相手もきちんとしてくれるし、清光もめいっぱい愛してもらえて
幸せそうだ。安定も、こんなちょっとした時間でさえ、彼女と過ごす瞬間に幸せを
感じている。
「別に割り切っているわけでもないぞ」
そう、中腰になった彼女は牡丹の花弁を愛おしそうに撫でる。
「ただ、"大切な者"の"大切な人"を―――私も大切にしたいだけだ」
主は安定を見つめて目を細める。大切な"今の主"が、同じく大切な"前の主"を、
大切にしようとしてくれている。優しい言葉と、優しいその双眸に、安定はついどきりと
してしまう。けれど、なんだか負けるようで嫌でもあった。
それでは「主は最高に格好いい!」と、でれでれと締まりのない清光と同等である。
「・・・まぁ、私も片思いは寂しいから、前の主以上とは言わないにしても、
それぐらいは想われたいな」
たからの細めた目にからかいの色が浮かぶ。安定は熱が集中した顔でそっぽを向く。
「全くよくそんな歯の浮く台詞言えるよね、」
赤くなった頬はもちろん、密かに綻んだ口元を見られたくなかった。
2015.8.18