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ローズピンクの涙


「主は、現世に帰らないの?」

と、前から思っていた疑問を乱は彼女にしてみる。

―――そりゃ歌仙には負けるが、乱もこの本丸内では古参の方だ。
しかしそんな長い付き合いの中でも、たからが現世に帰った所を見たことはない。

「なんだ?私に帰って貰いたい事情でもあるのか?」

執務中の彼女は、声だけ乱に投げかけて、口の端をにやりと持ち上げる。
主が執務中は邪魔をするなと、一期には口を酸っぱくして言われているが、当のたからは
話すぐらいはどうということはないと、こうして空返事ではない会話をしてくれる。

その様子を隣で畳の上に寝そべり、頬杖をついて眺めていた乱は両頬を膨らました。

「むぅ〜!そんなワケないじゃん!・・・ただ、主には帰るお家があるのに
帰らないのかなぁって思っただけだよ」

声に出した所で、乱は視線を畳に落とした。今の自分達が帰るのはこの本丸だ。
でも、彼女はそうじゃない。帰るべき場所が別にきちんとある。
日々、様々な時代に飛ぶ乱達でさえも一緒には行くことの出来ない現世。
そこが、主の帰る場所だ。

「はは。帰る、帰らない以前に―――"帰れない"のさ」

かちゃかちゃと、"ぱそこん"という現代の道具が出す淡々とした音と同様に、
たからは単調に言った。乱は目を丸くして顔を上げる。

「えっ、帰れないって・・・」

どんな原理かは分からないが、未来の力で色んな時代へと遡れる。
だから、その力を持ってすれば主の未来に帰ることなんて造作もないことでは
ないのだろうか。

「―――まずこの本丸はな、未来と過去の狭間にある」

乱の疑問を見取ってか、たからは説明を始める。

「ここを作るのにも相当に手こずったらしい。更に様々な過去へ遡れるようにするのには
もっと手こずったようだ」

「・・・しかし、ここまで出来ればもう充分」と、なぜか彼女の横顔は楽しそうな
ものになる。

「あとは審神者を送り込んで刀剣男士達と任務をこなして貰うのみ。
現世への帰還方法は・・・目下検討中のことだ」
「なに、それ・・・本当に帰れるの?」
「さぁな。分からん」

たからはどうでもいいような口ぶりだが、乱にはそれが分からない。
想像すれば簡単だ。戦場に出てもこの本丸に帰ってこれないのと同じこと。
主のいるここに、帰ってこられないのだ。怖い。ひたすらに怖い。

「主は、それを分かっててここに来たの?」
「あぁ」
「家族は知ってるの・・・?」

一瞬、たからの作業する手が止まった。
が、それもほんの少しのことで、再び動きを再開する。そして彼女は頷いた。

「知ってるもなにも、それを承知して私をここに寄越したのは、その"家族"さ」

なんでもないふうに言うたからに、乱の方が酷く衝撃を受けてしまった。
帰ってこれないかもしれないのに送り出すなんて、なんでそんなことが出来るのだろうか。
もしも、一期や兄弟達がそうなったのならば、乱は引き止める。
だって、繋がりがある大事な刀だ。

血という、明確な繋がりを持っている人間になら、この気持ちが分かるだろうに。
なのに何故。

乱は腕に突っ伏し、くぐもった声を出す。

「分かんない・・・ボクには分かんないよ・・・」

けれど、分からない方がいいと乱は思った。
そんな冷たいことを理解してしまうのは、それこそただの無機質な刀だ。

「・・・主のお父さんとお母さんは、主が大事じゃないの?・・・愛してないの?」

絞り出した言葉に喉が痛くなる。

「そうだ。大事でもないし、愛してもない。あの人達は私のことなど、なんとも
思っちゃいないよ」

決定的な一言に、乱は弾かれた様にして起き上がりたからを見た。
手を止めた彼女もまた、乱を見ていた。目を細めて、微笑んでいる。
しかし主の笑顔は嬉しいはずなのに、いつもみたく笑っているその顔が、今はどうしようも
なく悲しくて涙が出る。

「―――あぁ、乱。泣かないでおくれ」
「だってぇ・・・!!だってぇ・・・!!」

乱はしゃくり上げて泣く。こんなに悲しいことはない。
たからの両親が彼女を愛さないのも、それを彼女が当たり前として受け入れて
しまっていることも。

「そんなに目元を擦ったら赤くなってしまう」

困ったふうに笑ったたからの指が目元に触れるのと同時に、乱は彼女に抱き着いた。

「ボクは、主のこと大好きだから・・・!!ううん、ボクだけじゃない、いち兄だって、
他の兄弟達だって、もちろん歌仙さんだって、それから本丸の皆・・・主のこと
大好きだからっ、」

「大好き、だからぁ・・・!」と、乱は彼女の衣服を掴んで泣く。
大好きだから、大好きだからと、とにかくそれを伝えたくて力いっぱいたからに抱き着く。

すると、彼女も優しく抱き返してくれて、乱の背中をあやすようにぽんぽんと軽く叩いた。
そして心地よい声音が鼓膜を震わす。

「ありがとう、乱。私もお前が大好きだ」
「そんなの当たり前っ!」
「・・・そうか、そうだな」

たからはそう言って乱の背中をさする。
―――彼女が自分を、自分達を大事にしてくれているのは日々感じていることだ。
口で言わずとも充分に分かる。

背中をさすられる度に、乱の目から涙が落ちた。
辛かったら頼って欲しいけれど、たからに泣いて欲しくない。でも泣いて欲しくて。
だから、彼女の分まで涙を流した。



2015.8.17