×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

離別の藤納戸


―――毎朝主を起こすのは近侍である歌仙の役目の一つだ。
食事の準備で忙しい時は他の者に頼むこともしばしばあるが、大体は歌仙がしている。

「主、入るよ」

歌仙が起こす前に起きていることなど今のところ皆無であり、返事は返ってきた
試しがないが、一応声をかけてから開けるのが礼儀作法である。
そして案の定、たからはまだ布団で寝ていた。歌仙は枕元に座って、彼女の肩を揺する。

「主。朝食の準備が出来たよ、起きてくれ」

けれどもたからはうんともすんとも、身じろぎすらしない。
彼女の寝姿は仰向けで、大勢も真っ直ぐだ。
寝返りもしないのか、いつ来てもこの状態を保っている。
普段賑やかな人である分、寝顔はまるで―――死んでいるように見えてしまう。

いや、そんなまさか。昼寝で散々膝を借しているのだ。寝顔は見慣れている。
よくない想像だと、歌仙は首を振って消し去る。

「・・・寝たふりはよしてくれないか、」

今度は強めにたからの肩を揺する。それでもまだ、目覚めない。
歌仙は震え出した唇を噛み締める。そしていよいよ不安になって、その頬に触れた。

しかし、暖かい温度を求めた指先が感じたのは無機質な冷たさであった。

「主!!」

思わず声を荒げ、加減など考えずに歌仙はたからの両肩を掴んで揺すぶった。
すれば、やっとのことでその目蓋は幕を開けるようにじれったく持ち上がった。

「どうした、歌仙、」

驚いた様子の彼女と目が合った瞬間、歌仙は覆いかぶさるようにして抱き締めた。

「あぁ、主。主、」

歌仙は呼ぶ度に抱き締める力を強める。密着させた体は暖かく、肩口に当たる彼女の
頬にも熱が宿っているのを感じられた。
その確かな体温で、凝固していた焦燥がゆっくりと融解していく。

「・・・君がなかなか目を覚まさないから、酷く焦ってしまった」
「そうか、すまんな。・・・まだ大丈夫だ、"まだ"な」

"まだ"という単語に、歌仙はたからに回した腕に力を入れた。
歌仙がこんなにも動揺するのにも訳があった。

『もはや私はほぼほぼ人とは言えないが、いずれは本当に人とは形容出来なくなる』

―――それは、主が歌仙と初めて会った時に言った言葉だった。
そして長い付き合いになるからと、彼女は身の上を語った。
最初から最後までが決められた、希望のないものであった。
しかし強い家柄に生まれたたからは抗えない。抗えば、そこで終わりだ。

まだ録に会話すらしていないというのに主の全てを語られて、歌仙は正直に戸惑った。
行く行くは知りたいことではある。が、間もない内にこうも押し付けられては
飲み込みは容易ではない。

でも、今ではそれを良かったと思っている。
こんなにも大切で、愛しい想いが募ってから告げられては、気が狂ってしまうのが
目に見えていた。だが、もう充分に気が触れているのかもしれない。
どんなに奥底に隠していようが、ふとした時に主の結末を思い出し、なにもしてやれない
自分にどうしようもなく苛つくのだ。

「―――主、君が大事だ」
「あぁ、"主"だものな」

違うんだと、歌仙はぎゅうっと彼女を体に押し付ける。
一人の人間として、女性として大事なのだ。けれどそれを口にしても、たからも歌仙も
報われないし救われない。だから、歯軋りをしてそれを噛み潰す。

恐らくこの本丸で過ごす日々が、彼女がまだ人としていられる最後の場所だ。
ここで、たからの"人"が終わる。彼女が言うには審神者としての役目を終えたらという
ことらしいが、不安は尽きない。

―――たからはいつまで人でいられるのだろうか。
―――たからはいつから人ではなくなってしまうのだろうか。

歌仙の背中をそっと撫でる彼女の手つきは、どこかおぼつかなかった。



2015.8.8