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美を語るモスアゲート  




肌を撫でる生温い外気に、鬱陶しく周りを飛び回る虫。
集るそれを何度か手で追い払うのを繰り返せば、時折遠くから控えめにフクロウの鳴き声が耳に届く。

いつもよりはっきり、現実的に聞こえるのは、きっと屋根が無い場所で夜を過ごしているからだろうか。
いや、そうに違いない。こんなに虫にイライラさせられるのもこの野営訓練のせいだ。

エレンは耳元で飛ぶ虫を八つ当たりのごとく強く手で払い除ける。
すると、思いの外力強かったのか───虫はエレンが見つめていた小さく燃え上がる焚き火の中に吸い込まれた。
じゅっと断末魔のような音を立てて虫は焼け死に、ざまあみろと内心でほくそ笑む。

「綺麗だなあ」

ぽつりと放たれたその言葉は焼けた虫のことではないし、なによりエレンが口にしたものではない。

エレンは焚き火から隣へと視線を移す。
同じく野営訓練の真っ最中である佳奈子が、空を見上げて微笑んでいた。

彼女とこうして隣同士で火を囲っているのは珍しい状況だ。
なんせエレンが極力そうなるのを避けて来たのだから。
ミカサと一緒にいる佳奈子とは、行動を共にすることがあっても互いに会話をするのは必要最低限だった。

しかし、今のように第三者の介入で班を組まれてはどうしようもない。
四人一組の野営訓練。ミカサとアルミン、エレンと佳奈子という最悪の組み合わせで別れてしまったのだった。
そしてエレンを更に悩ませたのは同じ班の後二人。今はテントで仮眠している、おしどり夫婦のハンナとフランツだ。

始終二人の世界で、正直頭が痛かった。
そして火の番をするのに別れるのにも、彼らは気遣いは大丈夫だと遠慮する素振りを見せたが、
結局は佳奈子が二人を組ませた。ある意味正解だが、必然的に彼女と組むことになったエレンには不正解でもあった。

イライラを引きずった自分とは対照的な佳奈子を真似するように顔を上に向けてみる。
別段、綺麗というわけではない見慣れた星空がそこにはあった。

「・・・別に、いつもと同じじゃねぇか」

エレンは隠しもせずにそのままの言葉を投げた。
直球過ぎるとアルミンに指摘されることがあるが、思ったことを隠して飲み込むのは嘘と変わらないと
エレンは思っていた。例えそれでいさかいが怒ろうと後悔はない。だって自分は真実を言ったまでなのだから。
真実は正義であり、力だ。

「そっか・・・私はいつ見てもなんか感動しちゃうんだよね」

エレンの言葉に気分を害した様子もなく、むしろどこか気恥ずかしそうに、佳奈子は夜空を見上げたまま言った。
黒い瞳に星空が転写されて、目の中に小さな星空が広がっている。

───今の彼女の台詞をエレンは聞いたことがあった。
訓練終わりに星を見た佳奈子が綺麗だと漏らせば、いつもと一緒だとアニに両断されていたのを
遠巻きに見かけたのだ。

なにかと彼女は感じたことを口に出す。綺麗だ、すごいといった正の感情を率直に零す。
そして、それらは全て至極当たり前のものに対してばかりだ。
まるで初めて体験したかのように、生まれて初めて見たかのように。佳奈子は感嘆を伝える。

「───綺麗なものを綺麗と思えるのは、心が綺麗だから」

いつだったか母親がそんなことを言っていた。
子どもの頃はいまいち理解出来なかったそれも、今はなんとなく分かる気がする。
精神が発達すると、綺麗なものを見ても時に不純な感情が入り混じって混濁してしまうのだ。
ただ綺麗と思えば良いだけなのに、余計な思考が邪魔をする。

エレンは今一度夜空を見上げた。
本当は綺麗なのに、素直に綺麗と思えないのは自分の心が汚れているからだろうか。
ふと考えていれば隣から視線を感じ、エレンは眉根を寄せて視線の持ち主を見た。

「・・・なんだよ。人のことじろじろ見て」
「いや。エレンが"そういうこと"言うの珍しいなあって」

"そういうこと"と言われて、エレンは慌てて口を手で塞いだ。

「!俺、口に出してたか・・・?」
「うん。ばっちり」
「・・・・・・忘れろ」

ただでさえ苦手な彼女に弱点を握られたようで、エレンは唇を強く噛んだ。
だから佳奈子との会話は嫌なのだ。今みたいになにかしらの失態を起こしてしまう。

「勿体無い。素敵な言葉なのに」

そのまま黙って上を見てれば良いものを、彼女はエレンを見つめて微笑む。
素敵な言葉。また佳奈子は心の綺麗さを見せつけた。

エレンは会話を打ち切るため、乱暴に焚き火に枝を放り込んだ。
ばきりと大きく焼ける音が響く。お終いの音だ。なのに彼女は口を閉じなかった。

「じゃあさ、その言葉を信じてるエレンも心が綺麗ってことだね」

また大きく焼ける音が鳴って、焚き木が崩れて火の粉が舞う。
川の流れのごとく、するするとそう言った佳奈子をエレンは思わず見てしまった。

焚き火の暖色の光に照らされながら、星を眩しそうに見上げる彼女の横顔。
そこに星空の寒色も加わると、エレンはただただ思ってしまった。

───綺麗だと。

「見てエレン。月も綺麗だね」



2017.7.21