スノーフレークオフシディアンの片足
今日の訓練の終わりを告げる教官のよく通る声を聞いたあと、佳奈子は左で片足立ちをして、
右足のブーツを脱いだ。そうして靴下だけになった足の裏を見てみる。
「うわ、血が滲んでる」
赤黒く酸化した小さな血の染みに、思わず佳奈子は声を漏らす。
ブーツを履いた時からなにやら違和感があったのだが原因はこれのようだ。
「どうかしたのかい、カナコ・・・って、どうしたんだいその足!」
隣から覗き込んだマルコが小さく声を上げた。
その顔はどこか青ざめ、心配そうな表情が浮かんでいる。
「ブーツになにか入ってたみたい」
ちくりとした痛みは気にはなるものの、大したことはないのでへらっと佳奈子は笑ってみせたが、
それでもマルコの表情が晴れることはなかった。
「化膿でもしたら大変だ。医務室に行った方がいいよ」
「医務室ってほどでもないって。部屋に戻って消毒すれば充分」
そう言葉通り、佳奈子は部屋に戻ろうと脱いだブーツを履こうとしたのだが、
横からマルコに取り上げられてしまった。
「あ、ちょっとマルコ、」
返してくれと手を伸ばすが、ブーツは彼に持ち上げられてしまい、佳奈子の手は空を掴む。
ただでさえ小さな佳奈子が背の高いマルコにそうされては届くはずもない。
彼は佳奈子を見下ろして苦笑する。
「そんな状態で歩かせられないよ」
ではどうするのか。肩でも貸してくれるのだろうかと佳奈子が思っていれば、
ふとマルコの背後に現れた人物にあっと口を開く。
「―――マルコ。カナコになにをしているの・・・?」
冷ややかで、ひっそりとした声音にマルコの体が跳ねる。
そして彼の肩口から覗く顔―――ミカサの顔は、いつもの無表情に更に輪をかけた、怖いぐらいの無の表情であった。
彼女は依然その表情を保ったまま、唇の形だけを変える。
「ねぇ、なにをしているの・・・?」
「ち、違うんだミカサ!誤解だって!!」
マルコは後退りながら、一所懸命に首を振った。
「誤解だと言うのならちゃんと説明をして。あなたにはその義務がある・・・」
マルコの隣に並び立ったミカサは、人を殺せそうなほどの鋭い視線で、彼をじろりと見た。
恐らく、先ほどの佳奈子とマルコの構図が、側から見れば意地悪されているように見えたのだろう。
佳奈子が他人と話しているだけでも良い顔をしない彼女だ。そんな場面を目撃すれば、こうも険悪な顔になる。
自分を思っての行動をした彼が不敏になり、佳奈子は助け舟を出す。
「ミカサ。マルコの言う通り誤解だよ」
佳奈子は彼女の団服の袖を引っ張って経緯を話し始める。
すると話しの序盤で、途端にミカサは血相を変えた。
そして屈むと、佳奈子のブーツを履いていない足にそっと触れて足の裏を見た。
同時に眉間にシワが寄る。
「カナコ。怪我をしているのなら歩いては駄目・・・」
「いや、怪我ってわけじゃ―――」
「ないから大丈夫」と続けようとした佳奈子の声は途切れ、急に目線がぐんと高くなった。
いつもよりすぐ近くにミカサの顔がある。マルコのぽかんとした表情が見える。
佳奈子はいつに間にかミカサに横抱きにされていた。
「え!?ちょ、ちょっとミカサっ」
「・・・このまま医務室に行く」
驚きと恥ずかしさで声を荒げる佳奈子など無視をして、彼女は自分を抱いたまま、周囲の目など気にせずに突き進む。
―――そして、自分もやろうとしたことを先に越されてしまったマルコはぽつりと一言。
「ブーツ・・・」
2016.1.12