歪に共存するサンストーン
食事の仕込み中、ジャンは今日も一目惚れした彼女、ミカサを目で追う。―――ひたすら追うだけだ。
なんたって、なにかアプローチするにもいつだってミカサの傍には相性最悪のエレンがいる。
今も腹立たしいことに二人並んで鍋に向き合って作業している。
しかしこうして見ていると改めて分かるのが―――彼女はエレンしか眼中にないということだ。
「ジャン、それ以上剥いたらニンジンがなくなっちゃうよ」
そんな指摘の声にジャンは我に返る。
手に持っていた、ただでさえ細く食べるところが無かったニンジンは、細長い棒と化していた。
これ以上はどうしようもないので、ジャンは適当にぶつ切りにして鍋に放り投げた。
どうせ煮込んでしまえば溶けて無くなってしまうのだから構うことはない。
「・・・ご忠告どーも」
そう、ジャンはニンジンが無くなる前に声をかけた彼女、佳奈子にぶっきらぼうに言う。
なんだその態度はと不快に思われてもおかしくなかったが、そこは"みんなのお姉さん"と慕われる佳奈子。
にこりと笑って「どういたしまして」と返答した。
そこで彼女との会話は終了したので、ジャンはミカサを見るのを止めてニンジンと向き合うことにする。
―――こうして自分がニンジンの皮剥きに集中するように、ミカサが自分に集中することはないのだ。
言い聞かせるようにそう思うも、ただただ虚しさが広がるだけであった。
そしてそんな虚しさを更に広げるかのように、佳奈子が話しを切り出す。
「もしかしてミカサを見てた?」
ジャンは内心でぎくりとしながらも顔をしかめることで誤魔化した。
「だったらなんだよ、おチビちゃん」
「・・・不毛だって言いてぇのか?」とジャンは次のニンジンを手を取る。
しかし口では強気なことを言ったものの、何事にも希望を見い出す彼女にまでも"お前の恋は不毛だ"と
言われてしまえばそれこそ絶望だ。
「不毛っていうのは"見るべき成果がない"ってことだけどさ―――私はどんなことにも不毛なものは無いと思うんだよね」
佳奈子はジャンとは比べ物にならない器用な手つきで皮を剥きながら話す。
彼女の"不毛ではない"という言葉にジャンは正直ほっとした。けれど、それを表面には出さずに突っかかる。
「でも、成果が出なけりゃ結局は不毛だろ」
「その時の成果にならなくてもいつかの、未来の成果の一因にはなるよ。きっと」
綺麗に皮だけ消えたニンジンを佳奈子は丁寧にぶつ切りにして鍋に入れる。
「料理みたいなものだよ、うん」
「・・・相変わらずババ臭い考え方だな」
「あはは。否定出来ないなぁ」
ジャンの嫌味にも彼女はからからと笑ってみせた。
―――今のように佳奈子の思考は大人びている。というよりは、達観し過ぎているとジャンは思う。
まだまだ感情論が多い世代の中でいつも一人だけ理論的でどこか客観的な物の考え方をする。
経験によって基づいてるらしいそれは、同じ年頃だというのに全くもって経験の量も質でさえも違うのが窺えた。
誰よりも小さい体に、誰よりも抜きん出たその思考はただただ歪で。
ジャンはそんなちぐはぐな佳奈子を時たま気味が悪いと感じた。何故、周りもそう思わないのか。
どいつもこいつも彼女を肯定して持ち上げてばかりだ。―――甚だ疑問でならない。
ジャンよりずっと下から世界を見ている佳奈子は、子どもをあしらうような態度で笑う。
「しかし、前向きと言って欲しいなあ」
2015.7.6