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未亡人、ルビー  





「あ、ハンナ。重いだろ?僕が持つよ」
「ふふ。もうフランツったら、これぐらい大丈夫」

―――と、佳奈子の視界の端では、おしどり夫婦のいつもの光景が繰り広げられている。
食事の仕込み中である調理場で、あの二人の周りには花でも舞っている状態だが、
皆はその空間を無視して作業している。これもいつもの光景で、ハンナとフランツに呆れているのだ。
もはや他人がどう言おうが変わらないあの二人は、放って置くのが一番なのである。

佳奈子としては青春してるなあとしか思わないし、とりあえず作業はしてくれるから特に不満はない。
―――時たま、些細なことで喧嘩をする度に、互いに自分に相談するのは止めてもらいたいが。

つい先日もあったその時を思い出し、苦笑しながら佳奈子はジャガイモの皮を剥く。
そこで、隣で同じくジャガイモの皮むきをしている彼女、ヘンリエッテの手が止まっていることに気付く。

「・・・ヘンリエッテ?」

声をかけた彼女の首は手元とは全く別方向に向いていた。
それからその横顔は、いつものきりっとした、強気な表情が消えていて、ぼぉっとしたものであった。
けれど、佳奈子の呼びかけではっとした様子のヘンリエッテは、直ぐにいつもの表情を取り戻した。

「―――あぁ、ごめんなさい。少し考えごとをしていて」

ヘンリエッテはそのままジャガイモに視線を落として皮を剥き始める。
考えごとをしていたらしい先ほどの彼女の視線の先には・・・ハンナとフランツがいた。

「もしかして、ハンナとフランツを見てた?」

雑談程度に佳奈子は聞いてみた。

「えぇ、まぁ、」

はっきりと物を言うヘンリエッテにしては歯切れの悪い回答である。
あまり追求されたくないことだろうかと思い、佳奈子は別の話題に変えようかとしたのだが、

「・・・あの二人、いつもとても仲が良いわよね」

ヘンリエッテが話題を持続させた。彼女の感想に、佳奈子は意外だと思った。
てっきり、"公共の場ではしたない"やらなんやら言うかと思っていたのだ。

「なんか、ヘンリエッテがそういうこと言うの意外だね」
「失礼ね」

じろりと、ヘンリエッテが佳奈子を睨む。

「私だって―――羨ましいとか思うことがあるの」

またしても意外過ぎる言葉に、佳奈子を目を見開く。危うくジャガイモを落としかけた。

「え、羨ましいって。ハンナとフランツが?」
「好き合ってるから、ね」

ヘンリエッテは目を伏せる。

「でも、ヘンリエッテなら直ぐにでも相手が見つかりそうだけど・・・」

佳奈子は彼女を改めて見る。スタイルもいいし、顔も整ってるし、性格は誰にでも公平で真っ直ぐだ。
ヘンリエッテがその気になれば、男子はイチコロだろう。

「残念ながら私の御眼鏡にかなう殿方はいないの」

にっと笑う彼女に、なるほどなと佳奈子は納得する。
確かに、ヘンリエッテの隣にいても負けない男子はそうそういないだろう。
しかし佳奈子は一人だけ頭に浮かぶ。

「ヴォルフはどう?」

ヴォルフ―――ヴォルフガング・ザカは美男子、紳士と好条件だ。
ヘンリエッテの隣に並んでも遜色ない。けれど、彼もヘンリエッテの御眼鏡にかなわないようだ。
彼女は首を横に振る。

「彼は軟派だわ」
「あー・・・」

ヴォルフは紳士故に、女子に対してどこまでも優しい。
それに、誰にでも気があるんじゃないかと勘ぐってしまうのかもしれない。

「じゃあ、ヘンリエッテはどんな人が好きなの?」
「それは―――秘密」

ヘンリエッテは剥き終わったジャガイモを置いて、唇の前で人差し指を立てる。

「あ、ずるい」
「ふん。勝手に言ってなさい」

彼女は立ち上がって、すっかり皮が無くなったジャガイモでいっぱいになった樽を持ち上げ、佳奈子に背を見せる。
去って行くヘンリエッテの痛ましく、か細い一言は、佳奈子の耳にも、誰の耳にも届くことがなかった。

「―――どうせ言ったところで叶わないもの、」



2015.1.11