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ソグディアナイト・ダイアローグ・キッス-05  





―――アニにキスの真意を確かめなくてはならない。

ライナーとの相談でその結果が出ると、佳奈子の行動は早かった。
昼夜関係無く暑くなってきた今、アニは決まって、風呂上がりのあと、火照った体を冷やすためか、軽く外を散歩する。
聞くとしたら、その時しかない。




それとなくアニの行動を掴み、同じぐらいに風呂に入り、佳奈子は彼女より先に上がってきた。
その内アニも上がってくるだろう。そして待つことしばらく―――アニが脱衣所から出てきた。

一瞬、佳奈子を見たアニだったが、直ぐに視線を前にして去ろうとする。
しかし、そうはさせない。

「―――アニ。このあと、少しいい?」

佳奈子はアニの手を掴んだ。その手はしっとりとしていて、氷のような彼女に反して熱い。
アニは少しだけ驚いた表情をしたあと、それを消して小さな声で言う。

「別に、構わないけど」

彼女の静かな態度は、まるでこうなることが分かっていたような、そんな風にも見えた。





外に出てからは、アニが先導して歩き出した。
佳奈子の歩幅など気にしない、自分の歩調で歩く姿は、なんだか彼女らしい。

しばし無言で歩いたあと、アニが歩みを止めた。
―――奇しくもそこは、今回の発端となった場所であった。

「ねぇアニ、」

佳奈子はぼんやりと暗がりに浮かぶアニの背に声をかける。

「どうして―――キスしたの?」

問いかけは、虫の鳴き声と一緒に闇の中に溶け込んだ。
こんなにもはっきりと言えたのは、きっと、お互いの表情もよく分からないこの薄暗さと、
この状況を避けては通れないのだと分かってしまったからだろう。

―――アニはどんな顔をしているのだろうか。佳奈子に背を向けている今、それは確認しようが無い。
そして、気にしたところで、この言葉はもう今更引っ込めることなど出来はしないのだ。

幾らか間があって、アニはこちらへ振り向き答える。
結っていない金髪が、闇の中で煌めいた。

「・・・あんたが、手に入らないと分かったから」

予想していなかったアニの返答に、佳奈子は少し考えなら話す。


「それは、私がアニを、その・・・好きにはならないってこと?」
「・・・違う」

アニは首を振った。

「あんたが問題なんじゃない。私が、駄目なんだ―――」

彼女は辛そうな声で言った。深い事情は分からない。
だが、アニが特別な好意を佳奈子に持ってしたことに違いはないようだ。

―――しかし、それにしても、手に入らない、自分が駄目とはいったいどういうことなのか。

佳奈子は疑問に思ったが、先程のアニの声がやけに耳に残って聞こうにも出来なかった。
これ以上踏み込んではアニを苦しめてしまう気がした。そんなのは、本意じゃない。

「・・・じゃあさ、私はどうしたらいいかな?」

佳奈子は話しを少しずらす。

「これからどう接していけばいい?」

今度は数秒して、

「そのままでいいよ・・・今まで通りで」

「今まで通りでお願い・・・」と、アニは頼むような懇願するような言葉を出した。
人にそんな態度などしないあの彼女が、まるで別人のようであった。

「そっか・・・分かった」

佳奈子は頷く。このアニの意見は尊重してあげたい。
彼女が望む今まで通りというのも、佳奈子だってそれを一番に望んでいたのだから、首を縦に振るのみだ。
―――いつも通りに戻れる確証はどこにも無いが。

「・・・・・・話しはこれで終わり?」

と、人の返事も聞くまでもなく、すでに佳奈子の前からアニは去ろうとしている。
暗さに慣れてきた視界で確認出来るその顔は、気だるげで、機嫌が良いとは言えない、いつもの彼女のものだった。

アニの言う通り、話しはこれで終わりだ。・・・ただ、佳奈子は一つだけ伝えたいことがあった。

「ごめん、最後に一つだけ、」

体の外から中に熱が流れてくるのを感じる。佳奈子はすぅっと息を吸った。

「アニ、キスしてくれて、ありがとう」

アニがこれでもかと目を見開いている。佳奈子も佳奈子で、恥ずかしさで肉でも焼けるんじゃないかというぐらいに顔が熱い。
きっと、こんな期待を持たせるかのようなことを言ってはいけないのだろう。
その気も無いのに良い顔して、とんだ悪女だ。

でも、色々な想いの結果がこれだった。
アニにキスされても嫌な気分じゃなかったこと、友人としてはもちろん好きだが、恋愛対象としてもその好意は
変わるかもしれないこと、そして、彼女の気持ちが間違いなんじゃなくて、ましてや駄目なんてことはないこと―――
それら全部を引っ括めての、ありがとうだった。

「―――っふ、あは、あははは!」

アニは腹を抱えながら笑い声を上げた。たまに見る微笑みなんかとはわけが違う。
声を上げての爆笑だ。今度は佳奈子が、そんなアニの姿に目を見開いた。

「ほんっと、あは、カナコって馬鹿だ!」

幾らか収まりつつはあるものの、アニは笑いを余韻をそのままに、佳奈子に近づいた。
そして、いかにも年頃の少女といった柔らかい表情をした彼女は、いつかのように、
けれど優しく、佳奈子の腕を引いた。―――佳奈子は予想しながらも、アニに身を任せた。
あの時よりも長かったが、さほど変わらない口付けは、とても長く、甘く、哀愁を感じさせた。

それが、アニとの最後のキスだった。

「でも、だからあんたを好きになったんだろうね」



2014.8.22