ソグディアナイト・ダイアローグ・キッス-02
訓練の次に疲れるのは、食事の準備とこの水汲みといったところだろうか。
なんせこの世界の生活水は井戸、もしくは川である。佳奈子のいた世界のように蛇口を捻れば水が出るなんてことは無い。
こんな時不便なここでの生活と便利だった元いた世界を比べてしまい、思わず郷愁を覚えてしまう。
―――いったいこの夢はいつ覚めるのだろうか。
二人で木製の桶を持って多少の会話をしながら往復すること何回か。
何度か経験したこの水汲みだがやはりこの腕と肩の疲労は辛い。
耐久力があるのは自覚していたが、結局それは根性という気力で体力じゃない。おまけに、体格から見て分かるように力は無い。
仕事でも力仕事だけは男性に頼っていた。
「はぁ、はぁ・・・終わった、ね」
「そうだね」
汗をうっすらとかき肩で息をしている佳奈子とは違って、アニはいつも通りの涼しげな顔であった。色白の顔もそのままだ。
彼女とは体格もそう変わらないというのに。やはり何か力の使い方というのがあるのだろうか。
「・・・ふぅ。じゃ、桶を片付けて戻ろうか」
息を整えた佳奈子は、アニに笑いかけてすっかり軽くなった桶を揺らす。
強い西日が目と肌を刺激する。桶を置きにいけばちょうど夕飯の時間だろうか。一仕事終えたあとの食事とはいいものだ。
いつもより美味しく感じられるし、ここでのお世辞にも美味とは言い難い食事を思えばその効果は大きい。
「・・・桶は私が片付けておくからあんたは先に戻ってなよ」
「えっ?」
ふとアニが意外な言葉を口にした。サボり癖が直ったといえど、誰かの変わりに何かをするなど彼女にしたら珍しいことだ。
不思議に思ってアニを見るもその表情は変わらない。ただ、伏し目がちな彼女とは視線が交差することはなかった。
「いいよそんな。あとは片付けるだけなんだし一緒にやろう?」
そう促すも依然アニとの視線は交わらず、そればかりか眉間にシワが寄った。
なにか彼女の癪に障ることでもしただろうかと佳奈子は考えるが見当もつかない。
「構わないから、桶貸しな」
拒否などさせない強い口調だ。佳奈子は彼女が苛立っているのが分かった。
その根本的な原因は不明だが、とにかく今は桶を渡さない限りその苛立ちも眉間のシワも取れないことは確かだった。
これといった解決策が思いつかない佳奈子は、大人しく桶を差し出した。
「・・・それじゃあ、お願いします」
まず二つの内の一つを渡し、そしてもう片方を受け渡す際―――それは起こった。
桶を受け取るはずのアニの手は、何故か佳奈子の腕を強く引っ張り、当然予期していなかったそれに佳奈子は前によろける。
そしてその一瞬、
佳奈子の唇とアニの唇が触れた。
本当に掠めるかのような短い間の感触。その、自分とは違う体温と柔らかさは幻覚のようだった。
佳奈子が思わず目を見張るも、既にアニとの距離は空いていて。桶も佳奈子の手から彼女の手に渡っている。
そしてアニはまるでそんなことなど無かったかのように平然とクールな顔を保っていた。眉間のシワも、消えている。
桶を受け取ったアニは、自分のも重ねて抱え、さっと佳奈子に背を向ける。佳奈子は声をかけるにもかけられない。
まず、なんと発したらいいか分からなかった。
影を連れて歩く彼女の後ろ姿が、どこか悲しげに見えるのは夕日のせいなのだろうか。
「じゃ、片付けてくるから・・・・」
2014.5.27