可愛いあの子の名はパパラチアサファイヤ
今日が初めての馬術という日。ミカサは佳奈子が妙にそわそわしているのが分かった。
どうしたのだと聞けば、彼女はどこか緊張した面持ちで、
「馬を間近で見るのも、乗るのも初めてなんだよね・・・」
と語った。サシャやコニーのような狩猟で生活してきた者たちならともかく、だいたいが今日馬に乗るのが初めてだろう。
馬を間近で見るのも初めてな者もそう少なくないはずだ。かくいうミカサもその内の一人である。
だから不安になることはないとミカサは言ったのだが、佳奈子の顔は依然緊張したままだった。
―――そしていよいよ馬との対面。
各々これから三年間訓練を共にする(何もなければ)愛馬を紹介され、まずは互いに慣れるように軽くスキンシップから始めている。
しかし佳奈子は、馬と一定の距離を保ったまま見つめあっていた。
「・・・カナコ、大丈夫だから」
ミカサが安心させるように声をかけるも、彼女は難しい顔のままだ。
・・・しかし佳奈子には悪いのだが、こんな表情の彼女は珍しいのでついミカサは観察するように見てしまう。
普段全くシワの寄らない眉間にぐぐっとシワを寄せ、目を伏せて少し口をへの字にしたその表情。
大人びた、どこか遠い存在のいつもの佳奈子は綺麗だが、今の彼女は子どもっぽく、とても近い距離にいて、それでいて可愛らしく思えた。
「カナコ!怖がっちゃダメですよ!些細な心境でも馬は敏感に感じ取ります。あなたが怖がれば馬も怖がってしまいます」
朝から不安気にしていた佳奈子を気にかけていたサシャが真面目な声音で言った。
彼女の言葉でこれほど説得力があることはそうそうないだろう。
「・・・うん、そうだよね。怖がってちゃダメだ」
どうやら決心したらしい佳奈子は、顔を引き締めて頷いた。
そしてミカサの団服の上着を片手で掴み(それもまた可愛らしくてミカサは思わず頬が緩んだ)、もう片方で恐る恐るといった様子で
馬へ手を伸ばす。
馬は手を伸ばす佳奈子をじっと見ており、顔に触れるとしばらく彼女を見定めるように見つめたあとその手に頬ずりした。
途端佳奈子の顔が輝いた。
「見てミカサ!頬ずりしてる!この子可愛いねっ」
頬を染めたその何とも言えない笑顔に、ミカサの胸は心地良い強さで締め付けられた。
正直、ミカサにしてみたらそんな風にはしゃぐ佳奈子の方がずうっと可愛い。
稀に見せるこういう無邪気さが彼女の魅力の一つだが、それを限定せずに誰にでも見せてしまうのも悩みものだ。
現に、珍しい態度の佳奈子に注目する目玉がちらほら。
そしてその目玉の一つでもあるサシャがこう呟いたのをミカサは聞き逃さなかった。
「・・・・・・・・カナコの方が可愛いです・・・!!」
2014.5.8