嬌花楼の切花娼年


 掟と花札

 嬌花楼には、いくつもの規則がある。
 見世に上がる際、客は必ず説明を受けてから身分を登録し、その上で切花を選んで部屋を取る。部屋持ちでない切花でさえ一晩数万、部屋代を加えれば十万を超える。其処に酒代、食事代なども足されれば、下級娼年相手であっても決して安くない額を払うことになる。
 ゆえにこの見世で規約違反をする客は滅多にいないのだが、稀に支配欲や征服欲、加虐欲を満たすためだけに訪う客もいる。そういった輩は上客を目指すつもりは更々なく、ただ一晩美しいものを支配し、ひれ伏す姿を拝めればそれで良いのだ。
 今日が水揚げの日であった撫子の客は、不運極まりないことにまさしくそういった客であった。

 地下懲罰房は、規則に反した切花や粗相をした客を戒めるための部屋だ。
 部屋に応じて拷問器具や拘束具などが置かれており、軽度の罰であれば座棺に似た桶に一晩閉じ込めておく程度で済むが、花札に見立てられた禁則事項のうち高得点の役を揃えた客は、尋問係や懲罰係の『仕置き』を受けることとなる。
 撫子の客は、名を山本信二。三十六歳会社役員で、元既婚者。過去にDVの裁判を妻から起こされており、最終的に離婚。養育費の未払いは十年以上というクズの垢を煮詰めて作ったような男だ。
 なにか起きるまで客の素性は探らないのが暗黙だが、それを逆手にとってこういう輩が訪れるのは少々考えなければならないかも知れないな。と、秋良はバラ鞭を手にぼんやり思った。
 山本は長方形の木箱のようなものの上にうつ伏せで拘束されており、手足は木箱の下で、箱にしがみつくような形で一括りに繋げられている。当然のように身ぐるみは全て剥がされており、男性器は小さな穴に通されて、箱の中にぶら下がっている。
 屈辱的な格好にされたことで先ほどまで散々喚き散らしていたが、さすがに疲れてきたらしく、いまは荒い呼吸を繰り返すばかりで比較的大人しい。

「おっさん、三十六にもなってお約束も守れないなんてね。悪い子はお尻ぺんぺんの刑だよ」
「なっ!? なにを馬鹿な……ッぎゃあ!?」

 バチン、と鋭い音がして、山本の尻がバラ鞭で叩かれた。剥き出しの肌に鞣し革が鋭く叩きつけられ、痛みを通り越して熱を感じた。

「初回で雨四光揃えちゃうだなんて、どんな生き方してきたんだろうね。雲の在処を聞き出せって言われたから仕方なくやってるけど、おっさんのケツしばき回してても愉しくないんだよね。俺にだって好みくらいあるんだからさ」
「ぎゃっ! ひぎっ! や、やめっ……! いぎっ!?」
「撫子くんも可哀想にね。予約の時間を見たら、部屋に上がって十分くらいでお終いだったみたいだし。今日のことはノーカンにして、部屋持ちの子の添え花としてまた水揚げやり直してもらってもいいかもね。あとで相談してみようかな」
「がッ! ギャッ! ぎッ! ひぎぃ! くそ……ッ、ぎゃああ!!」

 相槌のように、山本の悲鳴が上がる。
 のんびりとぼやきながらも、秋良の鞭は的確に山本の尻や背中を打ち据え、皮膚を裂いていく。ヒリヒリと痛むところに追撃とばかりに鞭を打たれ、そのうち痺れまで感じるようになってきた。
 手を止め、秋良は長方形の一番面積が狭い面の、足側の板を外して中を見た。箱の中では穴を通してぶらさがる山本のペニスがあり、ビクビクと震えている。

「我慢汁漏れてる。おっさん、もしかしてマゾ? 大声で喚いたり殴ったりしたのは自分がしてほしいことの裏返しだったりする?」
「ッ! ふざけるなッ!!」

 顔をカッと赤く染め、山本は掠れた声で怒鳴り散らした。
 どんなに強い言葉で喚こうとも、全裸で尻を猿のように紅くさせて性器を丸出しにしている時点で、迫力もなにもないのだが。

「まあ、どっちでもいいよ。ご褒美になっちゃ尋問の意味がないし」

 そう言うと、秋良は九尾鞭に持ち替えて山本の前に立ち、細かい棘が九本の尻尾にびっしりついた鞭を見せつけた。いまからこれがお前の皮膚を裂くのだと見せつけ、思い知らせるために。

「そんなことより、早めにお薬の出所を話したほうがいいと思うな。俺は優しいけど他の尋問係は危険な拷問も辞さない、怖ーい人が殆どだし。いくらアンタでも手足を一つずつ落とされていくのは嫌だろ」

 * * *

 小一時間ほど経って、山本は掠れた呼吸をただ繰り返すだけの肉塊と化していた。尻はビクビクと痙攣し、だらしなく開いた口からは舌と涎がだらりと垂れて、穴から通されたペ○スは穴の内径より大きく勃起したせいでギチギチと締まり赤黒く腫れていた。
 彼は義理堅い性格ではない。自分に薬を売った人間に義を通そうとして黙っていたわけではない。ただ、女のように細い若造の言いなりになるのが気に食わないという理由だけで黙っていた。
 いま山本は、薄れ行く意識の端で深く後悔していた。下らないプライドを守ろうとして、名も知らない顔も覚えていない売人などの情報を必死に黙って。そのせいで、男としてどころか人としての尊厳をも失ったのだから。

「あーあ。ち○ぽはもう使えないね。まあ、血気盛ん過ぎるお猿さんのち○ぽなんかこの世に存在しなくていいものだし、このままないないしちゃおうね。明日はゴミの日だから丁度良かった」

 男にとって恐怖でしかない言葉にも、最早何の反応も返さない。
 聞き出すべき情報は抜き終わっているが、尋問係の役割は、客が犯した罪の割合に応じた対処まで含まれている。山本の点数は雨四光だ。こいこいの中でも得点が高い役を初回で揃えたため、部屋で秋良が言った通り「一発出禁処分」である。
 嬌花楼に於ける出禁とは、単に見世から追い出してブラックリストに名前を載せることを指さない。それでは整形や改名でいくらでも潜り込めてしまう。

「それじゃ、さよならだね。おっさんが買ったお薬は、折角だからおっさんに使っておいてあげる。酒と混ぜて尻から直接飲んだらきっと何処までも飛べるよ」

 良かったね、と笑う声を認識出来なかったのは幸いなのか。
 下剤を注入する大きめのシリンジに安酒と薬を混ぜたものを入れ、山本の肛門へと注入していく。

「――――おッッ!? おごっ! おッ! おッ! んぉっ! おほぉお゙おっ! んほぉおおおおおっ!!」

 山本は酒と薬を注入してから一分足らずで虚ろだった目を見開き、ガクンガクンと激しく痙攣し始めた。射精を伴わない激しい絶頂を繰り返し、獣のような声をあげてよがり狂う。目の前がスパークし、極彩色の幻覚が取り囲む。肉体という名の境界がとけていく感覚がして、自我という名の枷が弾け飛んで、ひたすらに快楽を享受するだけの、どろどろとしたナニカになっていく。

「………………あへ……ヒ、いひっ……キヒヒッ…………」

 山本は、ペ○スも玉も綺麗になくなった状態で繁華街の路地裏に捨てられた。
 口は歪んだ笑みを形作った状態で乾いた笑いを漏らし、目は宙に投げ出されたまま視点が定まらず、ぷっくり腫れたア○ルは物欲しげにひくひくと収縮している。最早外部刺激に反応するだけの自我が残っているかも怪しい有様だったが、運が良いのか悪いのか。男好きな上に動かない人間オナホを好む特殊性癖の変態が、これ幸いにと拾っていった。



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