嬌花楼の切花娼年


 花とゴリラと毒蛇

 鴨居の高さは百九十センチ。それより高い男の身長は、二メートルある。繁華街で出逢ったら目を合わせないで逃げ出す者が大半だろう屈強な容貌だが、客の男は激昂していて冷静な判断が出来ず、黒服に向けても怒鳴り散らした。

「誰だ貴様は!? 無礼な! 客の邪魔をするな!!」
「貴様は最早客ではない。規約違反につき、退去願う」
「何だと!?」

 喚く男を無視して、黒服は部屋の片隅に転がっている徳利に目をやると大きな手を二回、パンパンと打ち鳴らした。
 秒もなく廊下に影が降り立ち、妙に細長く見えるその人影はゆらりと立ち上がると客の男を睨めつけた。
 新たな乱入者は赤く染めた散切りの長髪と金色の獣じみた瞳を持った、長身ながら黒服と並ぶと筋肉が明らかに半分ほどしかないような、薄い体の男だった。赤い地の着流しに黒い帯を巻き、その下に黒のレザーパンツを合わせた服装が、より一層彼の体の薄さを強調していた。
 男は鮫の歯のようなギザギザの歯を見せてにたりと笑い、一歩部屋に踏み込んで、愉しげに言う。

「オレを呼ぶたァ、今回の旦那サンは随分とやんちゃなようだなァ」

 客の足元では取り落とした徳利が中身を零れさせて横たわっていて、その陰で朱い薬包紙がひっそりと散っている。あれは店が用意したものではない。客の男が自身の体の陰に隠して酒に仕込み、撫子に無理矢理かけたものだ。

「よォ、旦那ァ。コイツはどういうことだァ」
「っ……!」

 ひらりと朱い薬包紙を見せつけられ、真っ赤だった客の顔色が一気に青くなった。男はいまのいままで、薬包紙は袖に隠したと思っていた。
 怒りに任せて立ち上がったとき零れ落ちたのだと気付いたが、もう遅い。
 撫子の体を掴んでいた手から力が抜け、畳の上に幼い肢体が落ちる。引き抜かれたペ○スが間抜けにも半立ちのまま着物の隙間から覗いているが、構う余裕もないのか放置されていた。

春乙はるいつ、審議を」
「へいよォ」

 視線を彷徨わせる客を余所に、春乙と呼ばれた赤髪の男は徳利をつまみ上げると、僅かに残っていた酒を舐めた。
 それに驚いたのは客と撫子で、撫子に至っては朦朧とする頭で春乙と黒服を交互に見ては、不安そうにしている。

「ははァ、コイツは真っ黒だなァ。二週間くらい前から街に出回ってる媚毒だぜェ」

 ケラケラと笑いながら言うと、春乙は客を見上げて目を細めた。

「違法薬物の使用に酒の強要、暴力行為と恫喝。アンタ逃げらんねえぜ」
「くっ……!」

 客の男は破れかぶれに部屋の出入口へと駆け出すが、当然其処には壁の如き黒服が待ち構えている。身を屈めてすり抜けようとする客の首根っこを鷲掴みにして、情け容赦なく床に叩きつけた。

「ぐぼッ!?」

 床板に顔面がめり込まんばかりの勢いでぶち当てられ、前歯が数本飛んで転がる。
 黒服が客を抑えつけたままインカムに向かって「秋良」とだけ呼びかけると、暫くして楓柄の和服を着た青年がゆったりと到着した。
 青年はごく平均的な体格で、身長は百七十センチ。長めのサイドバングと垂らした帯の端が特徴で、着崩しているのにだらしなく見えない清潔感がある。後ろには一房長く伸ばした結い髪が揺れており、すっきりと整った容貌に得も言われぬ艶を添えている。
 青年の名は、姫城秋良。嬌花楼の尋問係で、違反行為をした客の中でも特に薬物や違法淫具の持ち込みに関する情報を客から引き出すことを生業としている。

「鳳凰抜きの雨四光に盃だ。雲の在処を聞き出してくれ」
「うわあ……了解したよ。一発出禁とはやるね。腕が鳴るなあ」

 呆れたように笑うと、秋良は目にも留まらぬ手際で客を縛り上げ、傍に控えていた別の黒服二人に客を預けた。

「撫子くんのケアは呼んであるから、暫く冬悟と春乙くんが傍で待っててやってね」
「心得た」
「おー」

 屈強な黒服――鬼屋敷冬悟の肩をポンと叩くと、秋良は鼻歌を歌いながら地下へと降りていった。



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