SIREN 短篇蒐


 甘い蜜の檻


 ――――微睡みから浮上した私の視界に、二つの緋色が映った。

「……人の寝顔を覗き見とは、随分趣味が良くなったな」
「違えって! 俺の名前を呼んだから、起きてんのかと思ったんだっての」
「君の?」

 一瞬怪訝に思うも、そういえば幼少期の夢を見ていたような、と思い出す。

「ああ。出逢ったばかりの頃の夢を見たんだ。十歳でソロネなんかになって、十三で出撃して、十四歳のときにはただ飯喰らいだと揶揄されたな、と」
「おい待て。俺、最後の知らねえんだけど」
「…………おっと」

 わざとらしく自分の口を塞ぐと、上からじっとりと睨まれた。

「過去の話だ」
「いーや、嘘だ。お前がそういう顔をするときは、だいたい嘘なんだ」

 至近距離で詰められては、これ以上誤魔化しようもなかった。
 十年。彼と過ごした日々は確実に彼の中に私の情報を蓄積していた。私の知らない私を、彼は知っている。覚えている。僅かな言動、仕草一つも漏らさずに。

「……これだからミーミルは」
「ミーミルじゃなくたってわかるさ。お前のことだからな」

 ニッと笑う得意げな顔が憎たらしい。
 ソファに寝そべったまま話すのも何だか居心地が悪かったので、体を起こして座り直した。至近距離で見下ろしていた顔が退いて、隣に並んで座る。
 そうは言っても、其処まで大した話でもない。ソロネ階級のソルジャーは『其処に存在すること』が仕事であると実感出来ていない一般職員が、未だあとを絶たないというだけのことだ。私は何処かの国が持つ核のボタンみたいなものだ。ただ在ること自体が抑止力になる。
 はクラークだから通常業務があるが、戦闘員であるソルジャーの私にはない。

「……つまりだ。一般人と殆ど同じ生活をしているだけで高給取りなわけだからな、私は。学校帰りに待ち伏せされて因縁つけられたりは日常の範疇なんだ」
「はぁあ!? おま、お前……! そういうことは報告しろよな!」

 絶対こうなるから言わなかったんだ、とは言わずにおいた。
 は、ブツブツと呟きながら、何事か考え込んでいる。嫌な予感がした。

「よし、決めた! 次から俺が送迎する!」

 嫌な予感はしていたが、この台詞は予測していなかった。いや、彼の性格を思えば予測して然るべきではあったのだ。ただ私が、考えたくなかっただけで。

「何故そうなる」
「初等科のときはそうしてただろ」
「一桁年齢のときのことなんか持ち出してくるな。それに、君にはクラークとしての業務があるだろ」
「俺は天才なので、自分の仕事をこなした上でお前も守れるんですー」

 ぐうの音も出ない。が天才なのは事実で、実際やり遂げるのだろう。

「嫌だつってもついていくからな」

 こうなったは止められない。
 絡まれるのも面倒になってきた頃合いだしと、溜息を吐いて了承した。

 が過保護なのは、いまに始まったことではない。
 戦闘力だけなら私のほうが遙かに上だが、だからこそ彼は心配なのだと、わかっている。結局私は彼の甘さに浸ることしか出来ないのだということも。
 わかっているから、厄介なのだ。



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