葬儀屋はハレの日を知らない


 襲劇-Syu^geki-


 調査を終え、屋上に再び集まった三人は、早速情報をすり合わせた。

「過去の屍事件を見るに、徐々に規模を大きくしてきている。今回も最大効率で実行するものと思われる」
「だろうよ。人が集まるのは明日の朝、講堂だな。すっかり忘れていたが終業式だ。全校生徒と全教員、余所からお偉いさんも招かれるし、市長も出席するはずだ」

 誠一朗の言葉に、椿は忌々しげに同意する。
 誠一朗と凌が調べた内容によれば、更地と化した例の研究所から何とか逃げ出した研究員たちは、いまは繁華街の一角にいるようだ。椿は、帰りに大山哲の自宅として登録されていた古いアパートを見てきたが、カモフラージュとして借りているだけのようで、無人だった。

「この鍼灸院、学校の真裏にあるんだよな……」
「朝にやらかせば学校が、間に合わなければ夜の繁華街が。どっちにしろ爆発すれば構わねえのか」

 地図上では離れているが、鍼灸院の地下施設は学校方面に広げられている。地下で屍の爆発を起こせば、組織片は学校一帯に広く降り注ぐ。推定被害範囲内に繁華街も含まれている。
 昼間に実行出来なくとも、夜があるということだ。小賢しいことこの上ない。

「……此処を逃せばあとはない」
「だったら此処で食い止めりゃ済む話だぜ」

 言うは易く行うは難し。だが、やるしかない以上、動く以外の選択肢はない。基本的に屍の発生後に出動命令が出る葬儀屋に、事前出動の許可が下りたこと自体が異例なのだ。

「またもぬけの殻にされても面倒だ。さっさと行こうぜ」
「ああ」

 凌の言葉に、椿は唸るような声で同意した。誠一朗も一つ頷き、二人に従う。
 行き先は市内にある繁華街。この辺りは夕方から夜にかけて活気づくエリアだが、夜明け前のいまは、さすがに人通りもそれほど多くない。呼び込みも立っておらず、泥酔した酔っ払いが道端でゴミに塗れて熟睡している姿が見える程度だ。
 そんな中を、エリート中学の制服を着た少女が男二人と共に歩いていれば、嫌でも目立ってしまう。仕方なく、椿は行きがけに誠一朗に預けていた私服を取りだして、彼の補助異能である《隠れ家》内でひとり着替えてから向かった。

「繁華街外れの路地にある鍼灸院……あれだな」
「見た目は普通に店っぽいんだなァ。よくやるぜ」

 互いに顔を見合わせ、正面から中に入る。
 表向き店舗を装っているだけあって、表から入った先はそれらしく作られている。正面入口扉には、本日休診と書かれていた。恐らくは、屍に用いる素体の候補を探すついでに営業もしていたのだろう。待合室の椅子や会計台などに使用感が見られた。
 奥へ進むと『STAFFONLY』と書かれた金属扉に行き当たった。扉自体には鍵がついておらず、横にパスワードを打ち込むパネルが設置されている。

「……手間が惜しい」

 そうぽそりと呟いたかと思うと、誠一朗は扉に手のひらを当てた。直後、ざあっと乾いた音を立てて、扉が砂の山となって崩れ去った。敵に侵入を悟られてはならない隠密任務では出来ない所業だが、今回は戦闘前提で来ている。この程度の破壊行為は想定内だ。
 扉の破壊で、侵入を告げる警告音程度は鳴るかと思いきや、不自然なほど侵入者に対する警戒がない。或いは誘い込まれているのかもしれないと頭の片隅で警戒しつつ盾役の誠一朗が率先して中に入った。

「容赦ねェな」

 喉奥でくつくつと笑いながら凌が砂山を踏み越えて奥へ進む。椿も「楽でいい」と一言呟き、凌の足跡が残る砂山を踏み荒らして扉だった場所を越えた。
 内部は物置のような場所になっており、金属ラックや段ボール箱が無造作に並んでいる。中身は白紙のカルテだったり医療用ゴム手袋の箱だったりと様々だ。それらをかき分け進んでいくと、最奥に段ボール箱の山と床下収納のカモフラージュで巧妙に隠された地下へ続く階段を見つけた。

「……調査は任せるか」

 此処で間違いないと確信した誠一朗は、現在地の座標をクロムハートに送った。
 此処にいる三人ともが戦闘に特化しており、誠一朗も残念ながら調査能力は皆無に等しい。餅は餅屋。追加の入金と共に調査依頼を端的に投げ、端末を閉じた。

「監視カメラくらいは付いてるだろうし、俺らの侵入はバレてんだろ。行くぜ」

 凌を先頭に、階段を駆け下りていく。背後で防火用の鉄扉がガシャンと音を立てて閉まったが、構わず直進した。
 階段の先にあった鉄扉を、今度は凌が高熱で溶かして無理矢理道を開いた。足元で溶けて溜まっている赤い金属を椿が冷やし固めて足場に変え、止まらず駆け抜ける。
 扉の先は、廃ビル群にあった研究所に似た作りの内装で、白を基調とした無機質な空間が広がっている。なにに使うのかもわからない巨大な機械や、気味の悪い溶液の入った培養カプセルが室内を埋め尽くさんばかりに並んでいる。

「ヒッ!? ひぃぃ!」

 階下へ続くエレベーターが見えてきた辺りで、研究員と思しき白衣姿の男が慌てた様子で脇の扉に駆け込んだ。直後にピッと微かな電子音が鳴り、ロックがかけられた音がしたが、凌が扉を溶かして研究員を引きずり出し、有無を言わせず焼き殺した。

「悪ィけど、余所でまたやり直されても困るんでね」

 炭クズと化した研究員を握りつぶして振り払い、三人はエレベーターに乗り込む。

「法律とかよく知らねェけど、デカい建物は非常階段とかつけなきゃなんねェんじゃなかったか?」
「シンヘイヴンに法もクソもないだろ」

 途中までは階段が存在したのだが地下二階より下へはこの小型エレベーターで行くほかなく、その他に地上へ出る術は見当たらなかった。戦闘の影響や相手側の工作でエレベーターが使えなくなった場合は、誠一朗の異能|《無名の扉》に頼るしかない。或いは、凌の炎で地上まで焼き溶かして無理矢理脱出するかだ。
 時間にしてほんの数秒。片手で足る時間ののち、軽い音を立てて扉が開いた。
 瞬間、通路正面に配置されていたタレットが侵入者に反応し、銃弾をエレベーターめがけて雨の如く叩きつけた。

「ナメられたものだ」

 銃弾が三人に届く前に誠一朗が二人を庇うように立ち、砂の壁を作って弾丸を全て防いだ。厚い壁の向こうでは、依然銃声が鳴り響いている。此処でどれほどあるかもわからない弾を撃ち尽くすのを待つのは、相手のあからさまな時間稼ぎを許すことになる。

「行けるか、ゲルダ」
「ああ」

 短いやりとりののちに、誠一朗がぐっと拳を握り締めた。砂壁に亀裂が入り、雨の如く降りしきる銃弾がそれを押し広げていく。だがそれすらも、計算のうちだった。

「3,2,1」

 カウントダウンと共に壁が砂塵となり、視界が開けた。
 真っ直ぐ飛んでくる銃弾を、椿が瞬時に凍てつかせる。

「出迎えの礼だ。受け取れポンコツ」

 一瞬中空で静止した氷の銃弾が、勢いを増してタレット群へと打ち返されていく。バラバラに打ち出された銃弾全てがタレットを撃ち抜くと、甲高い電子音を断末魔のように響かせ、小規模な爆発と共に機能停止した。

「時間稼ぎにしては容易いオモチャだな。資金不足か?」
「向こうもこんなガラクタで止められるとも思ってねェだろ」
「……随分急拵えと見える。彼らの想定より早く来すぎたようだ」

 バチバチと火花をあげているタレットを路傍の石の如く蹴り避けて、三人は奥へと進んでいく。
 最深部まできたこともあって、辺りの部屋に人の気配がし始めた。廃ビルのほうで数十人が件の屍に殺されたせいで人数は少ないが、それでも研究を続行出来るだけの人員は残っている。
 否、或いはどれほど数が減ろうとも、最早戻れないところまで来てしまったというだけなのかも知れない。所員が全てNOISEなら、有り得ることだ。
 葬儀屋の侵入を知りながらも研究の手を止めていない現状がそれを物語っている。

「念のため、出入り口は潰しておくかァ」
「脱出の手段がこれで二つに絞られたな……まあいいけど」

 炎が床を走り、三人が駆け抜けたあとを溶けた金属とプラスチックの川へと変えていく。その軌跡は先ほど使ったエレベーターまで至り、その場で待機していた空の箱ごと溶かしてガラクタと呼ぶのも烏滸がましい哀れな姿に変えてしまった。

「ヒッ……!」

 開かれた扉から此方の姿を視認した研究員が短く悲鳴を上げた。が、三人はそれを一瞥しただけで部屋の前を通り過ぎた。此処で暴れて機材を破壊し、クロムハートの調査の邪魔になっても面倒だ。
 なにより、機材を気にしながら数十人いる非戦闘員を相手にしていては、それこそタレットとは比較にならない時間稼ぎを許してしまう。

「この先にデカい気配があるなァ」

 研究所の最奥部。周囲の作りと照らし合わせても、ちょっとしたホールと同程度の空間があると思われる場所の前で、凌は足を止めた。

「廃ビルの屍と似ている気がするが、いくらシンヘイヴンとはいえ同じ轍を踏むとは思えん」
「あたしらを迎え撃つついでに動作テストでもするつもりだろ。いつものことだ」

 扉の奥を鋭く睨む誠一朗と、肩を竦めて嘆息しつつも、決して表情は緩めない椿。二人に軽薄な笑みを向け、凌は武器を構えた。

「行くぜ、レヴナント、ゲルダ」

 此処から先は葬儀屋の職場。死を扱う末期の地。《氷の女王――ゲルダ》白雪椿、《炎獄の君主――ロキ》鹿屋凌、《冥府の傀儡――レヴナント》金居誠一朗。
三人の死神は日常を切り離し、此岸を渡り、明けの空を知らぬ死地へと至る。
 葬儀屋はハレの日を知らない。昏い褻の道を征く者である。

「葬儀開始だ」

 ゲルダとレヴナントが無言で頷くのと同時に、ロキが電子ロックがかけられた扉を切り裂いた。



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