▼ 晩秋。傷跡。赤い糸。
長い黒髪が、晩秋の冷たい風に揺れている。
わたしは、駐車場の車止めを飛び石のように渡る彼女を横目で見ながら同じ仕草で歩いていた。掠れた白線。夏の賑わいを忘れたかのような海岸と、青い海。遠くにはすっかり秋らしくなった雲がある。
セーラー服のスカートから覗く白い足が、傷も忘れて歌うように跳ねる。
「お腹すいたね」
「朝ごはん、食べてこなかったからね」
他愛のない会話をして、彼女は最後の一つを軽やかに飛び降りる。
ローファーの靴底が、整備されていない駐車場に散らばる砂利を踏んだ。
「このまま、二人で逃げちゃおうか」
「いいね、それ」
向かい合って、額を合わせて。
わたしは視界に彼女だけを映す。他の全てを拒絶するように。
「そしたらさ、きっと……」
其処で、彼女の言葉が途切れた。
わかっている。そんなこと出来るわけないと。
わたしたちはどうしたって未熟で、自由に見えてそうでもなくて。最強の年代だと大人たちは言うけれど、等身大の悩みはいつだって影のように付き纏ってくる。
誰も本当のわたしたちを見ようとしない。それでもいい。ただ、邪魔しないでいてくれたなら、それで良かったのに。
「……行こっか。だいぶ遅刻だけど」
「いま何時?」
「8時20分。もうね、予鈴のお時間」
「うわあ」
ちっとも反省してない顔で、彼女は笑う。
白い足に刻まれている青紫の痣も、左頬に残る赤い痕も、朝陽が溶かしてくれたら良かった。どうして、好きでいることを責められなきゃいけなかったんだろう。人を好きになることって、いいことじゃなかったの。
「ねえ。葉月はさ、あたしとずっと友達でいたいって思う?」
小指同士を絡めて往生際悪くゆっくり歩きながら、彼女が訊ねた。綺麗な横顔が、ふとこっちを向いて。不安そうな黒い瞳にわたしが映る。
「思うよ。友達でもいたいし、親友でもありたいし、それから……」
足を止めて、呼吸も止めて。
わたしは彼女の唇に、自分の唇を重ねた。
「乃愛との関係は、全部ほしい。一つじゃ足りない」
「え、じゃあ愛人とかも?」
「そういうのはいいかなあ」
照れ隠しに茶化した彼女の額を、指先で軽く弾く。
目尻を下げて笑ったその顔が真っ赤だったから、わたしは満足して歩き出した。