短 篇 蒐


▼ 告白代行

 中学時代まで住んでいた地元の駅で、“東奥沙希”は人待ちをしていた。
 スマートフォンを片手に何度も時計を確認し、辺りを見回してはまた画面に目線を落とす。時折溜息を漏らしながらそうしていると、近付いてくる足音が複数あった。

「あー! “アタオカ”じゃん!」

 十数メートル先でニヤニヤ笑いながら、二人組の少女が沙希を指差して言った。
 少女の傍らには柄の悪そうな少年が二人居て、沙希の存在に少女の言葉で気付いたらしく「あの便所女じゃん」「まだ生きてんのかよ」と笑い出した。
 少女はどちらも髪をブリーチ剤で脱色し、制服を大きく着崩して極限まで短くしたスカートの下に学校指定のジャージを穿いている。一人は虐めの主犯阪上礼央奈で、もう一人は一番彼女とつるんでいた友人の高見麻耶だ。当時はもう一人お仲間がいたはずだが、たまたまいないのか友人関係が変わったのか、一緒にはいないようだ。
 少年二人組も髪を染めていて、片方は耳や鼻、眉にピアスを空けている。着崩した制服の下にも安物のアクセサリが覗いており、田舎のヤンキーさながらの姿だ。

「お前、自殺したんじゃなかった?」
「あーあー、死んだとか聞いたから祝杯あげたのになぁ」
「てかなにシカトこいてんだよブス!」

 ズカズカと目の前まで来て麻耶が低い声で威嚇すると、沙希はチラリと顔を上げて少女たちを一瞥し、すぐにまたスマートフォンに意識を戻した。

「テメェ! ちょーしこいてんじゃねーよ!」

 礼央奈が肩を掴んで叫ぶと、沙希は冷ややかな目を向けた。

「あなたたち、いつまで私に執着してるの? 私はあなたたちのことなんかとっくに忘れて、しあわせにしているのに」
「はァ!?」
「高校生にもなってまだ中学時代の思い出にしがみついてるなんて、可哀想なひと。特別に憐れんであげてもいいわよ」
「このブス……!!」

 駅前で人が多く行き交っていることも忘れ、礼央奈が右手を振り上げる。

「なにしてんだよ」

 不意に、第三者の声が割り込んできて、礼央奈は動きを止めた。

 声のしたほうへ、視線が集まる。
 其処には、目の覚めるような美貌の青年が立っていた。
 緩やかに癖のついたサラサラの黒髪。長い睫毛に、黒曜石の瞳。滑らかな白肌に、形の良い手指。すらりと伸びた脚に、服の上からでもわかる、すんなりとした美しい体躯。視線一つ、微笑一つで容易く世界を傾けることが出来そうな、完璧な美の形が其処にあった。

「ジグ!」

 パッと表情を輝かせ、沙希は服を掴んでいる麻耶の手を雑に叩き落として、青年の元へと駆け寄った。青年も沙希を優しい微笑で抱き留め、そして礼央奈を真逆の鋭い目線で睨み付ける。

「コイツら知り合い?」
「ううん、全然知らないのに絡んできたの。来てくれて良かったわ」

 青年の胸にすり寄りながらしおらしく言う傍らで、礼央奈にフッと笑みを向ける。その表情を見た礼央奈は一瞬顔を真っ赤に染めて噛みつきかけるが、青年の氷の如き眼差しに射抜かれ、ぐっと息を飲んだ。

「こんなところにいつまでもいないで、帰りましょう」
「ああ、そうだな。用は済んだんだろ?」
「勿論」

 しあわせそうに微笑みながら見つめ合う二人の目に、最早礼央奈たちは映ってすらいない。四人を一顧だにせず、腕を組んで反対側の出入口から出て行った。


 * * *


「任務完了ね」

 黒く艶めく高級車の後部座席にゆったり腰掛けながら、ベラドンナは満足げに目を細めた。傍らには“沙希”が着ていた服一式がある。

「アイツらの顔、傑作だったな」

 車を運転しているのは、駅前に沙希を迎えに来た美貌の青年だ。
 バックミラー越しに背後のベラドンナを見、笑みを深める。

「あまり言っては可哀想よ。わざわざ伝えるまでもなく、依頼人のほうがずっと良い人生を送っているみたいなんだもの」
「へぇ? あれはあれで満喫してそうだったが……なんかあったのか」
「軽く調べただけでも、面白いくらい顛落していたのよね」

 依頼を遂行するに当たって対象の身辺を調査したところ、虐めの事実を知っている地元の生徒たちが、高校で他県から来た同級生に虐めの主犯たちの行いをそれとなく吹聴。最初こそ遠巻きにされるだけだったが、噂が噂を呼び最終的には『虐めていた相手はレ○プによる妊娠ののち、自殺した』とまで尾ひれがついた。
 また、虐めの他にも中学時代から援助交際で稼いでいただとか風俗でバイトをした経験があるなどといった根も葉もない噂までもが付き纏い、彼女たちはいまや当時の虐め仲間としかつるめなくなっていた。
 中学時代と違ってスクールカーストは底辺付近まで落ち、頂点には当時彼女たちが虐めていた沙希と似たタイプのお淑やかで成績優秀な優等生が君臨している。
 更に、頂点から底辺付近に落ちた苛立ちを飲酒などで発散して補導されるといった行動を繰り返したせいで、自ら噂に信憑性を持たせてしまった。

「仮にも進学校だから、彼女たちはこのまま行くと退学まっしぐらでしょうね」
「すげぇな。こういうのって何だかんだ虐めやってたヤツがそのまま地元でのさばることもあるって聞くけど、そうはなれなかったんだなぁ」
「其処は依頼人が上手くやったみたいよ?」

 沙希は担任の協力を得て、受験期に一芝居打っていた。
 担任は直接彼女の虐めを止めることが出来なかった償いにと、せめて沙希が県外へ逃げる手伝いをと申し出てくれたのだ。話し合った結果、表向きにカモフラージュとして不自然ではない、とある地元の進学校を目指すことにして、密かに東京の高校を受験していた。
 偽りとも知らず、高校でも虐め続けてやろうと画策した例の三人が同校の普通科に進路希望を出し、受験をし、合格して入学するまで決して本命の進学先を漏らさず、演技を続けてくれた。
 勿論、担任として礼央奈たちにも「進路は自分に合った道を慎重に選ぶように」と話すことは怠らなかった。が、彼女たちが邪な動機を曲げなかったのだ。

「ふぅん。依頼人は随分ひどい目に遭ってたみたいだが、担任も完全に無能ってわけじゃなかったのか」
「そうね。彼女たちのあんまりなやりようから、下手に叱ったり庇ったりするほうがリスクが高いと判断したんでしょう」
「結構強いよな。保健室登校でも通い抜いて卒業して、知り合いが誰もいない東京の高校に通ってんだし」
「わたくしのところへ依頼に来たのも、禊ぎの意味が強かったように思うわ」

 ベラドンナの告白代行社に来る人間は、殆どが追い詰められていたり心に深い傷を負っていて表情が冴えないことが多い。しかし沙希は、不慣れな場所に緊張こそしていたものの、顔色自体は悪くなかった。
 最後の最後に残った心の塵を払いたかった。そんな依頼だった。

「強い女の子はいいねえ」
「あら、堂々とした浮気宣言かしら?」

 屋敷の駐車場に車を駐め、青年が扉を開けてベラドンナに手を差し伸べる。そっと手を取ってベラドンナが車を降りると、青年は愉快そうに微笑んだ。

「まさか。俺の主人イロはお嬢だけだぜ」

 青年にエスコートされながら、ベラドンナはメイドが引き開けた玄関扉をくぐる。そのまま寝室へ向かうと、飛び跳ねるようにして天蓋付きベッドに腰掛けた。

「ねえジグ。今夜はお前の血がほしいわ」
「珍しいな。依頼人の血は薄すぎたか?」

 にんまり目を細めて己を見下ろす青年――――ジギタリスを見上げ、ベラドンナは稚い唇を尖らせて頷いた。

「依頼人の傷が浅かったなんて言うつもりはないわ。でも、いままさに絶望している人と比べると、乗り越えた人の血はサッパリしているのよ」
「だったら、最高に苦い絶望の味をお届けしないとなぁ」

 ベラドンナの前に跪き、差し出された手に恭しく口づけをする。
 人の世に紛れて生きる吸血鬼主従は、次の依頼が舞い込むまでの時間を、緩やかに喰い合って過ごした。




<< INDEX >>




- ナノ -