短 篇 蒐


▼ エイミーの密かな決意

 穏やかな午後。
 休憩時間を一緒に過ごさないかと、殿下からアリーシャ様にお声をかけたところを目撃したわたしは、しあわせな気持ちでそのことをノートに書いた。
 きっとこのあとは、お二人で楽しい時間を過ごされるのだろう。
 そう思うだけで、胸がいっぱいになる。

 以前わたしの軽率な行動でアリーシャ様を悩ませてしまってから、わたしはずっと隠れてしていたことを、皆の前でするようになった。でも、いきなりあからさまにし出すと今度は「後ろめたいことはなにもないアピール」だと思われそうだったから、最初はノートに書きながらアリーシャ様を想ってうっとりする時間を作った。
 思えば、これまでは『アリーシャ様の可愛い日記』をつけてるだなんて知られたくなくて必死に隠していたのだから、それを知られたいまとなっては、わたしがいかにアリーシャ様をお慕いしているかを周りに知られたところで痛くも痒くもないのだ。
 別に、わたしが公爵令嬢に憧れる夢見がちな変人だと想われるのは構わないし。
 ただ、念のため殿下にされた誤解を他の方々にもされないよう、ノートの表紙には日記と書いておいた。
 いくら噂好きだといっても、其処はわたしよりずっと教育が行き届いているお嬢様方。相手が格下といえど、他人の日記を覗き見するほどはしたない人はいなかった。

 今日のアリーシャ様は、いったいどんなお茶を嗜まれたのだろう。そろそろ中庭の薔薇が綺麗に咲く頃だから、きっとアリーシャ様と殿下のお姿をきれいに引き立ててくれそうだ。いっそのこと偶然を装って見に行きたいけれど、わたしはこの学園ではお二人の中を裂こうとした不貞狙いの女だ。迂闊なことは出来ない。

「花壇の手入れにでも行こうかな……」

 平民上がりの田舎男爵娘であるわたしは、農業も造園業も父から学んだ。
 この学園にも庭師はちゃんといて、隅々まで手入れが行き届いているのだけれど。
 それでもやっぱり、誰かのうっかりで花壇が乱れることはある。そしてお嬢様方はたとえ自分のうっかりだとしても、手ずから花壇を整えたりはしない。
 そういうときにちょっと直していたら庭師の方が到着して、一緒に手直ししているうちに何だか楽しくなってきてしまったのだった。勿論、本職の方のお仕事を奪ってしまわない程度にはしているけれど、性分なのか血筋なのか、お嬢様として澄ましているより土いじりをしているときのほうが楽しいのは事実。

 そんなわけで裏庭にきたわたしですが、聞いてください。

「やあ、エイミー。君もお茶に来たのかい?」
「あら、ご機嫌よう」

 すっかり中庭だと思っていたデートスポットが、裏庭だったんですが……わたしはどうすればいいでしょう。

「エイミー、どうかなさいまして?」
「はっ……! い、いいえ! あまりにも見目麗しいお二人と邂逅を果たしたもので目が眩んでおりました!」
「ふふ。エイミーは相変わらず面白いね。ねえ、アリーシャ」
「……まあ、否定は致しませんわ」

 ドン引きなさっているお姿も素敵ですアリーシャ様!
 って言おうと思ったけどさすがにこれは叫べないから、目一杯心の中で叫ぶ。

 ユーディット王太子殿下は、とってもふんわりしたお方。
 阿呆をやらかしたわたしがいうのもなんだけど、周りの視線や囁き声に殆ど反応を見せない。気付いていないのか気にしていないのかはわたしにはわからないけれど、とにかくやわらかくてお優しい。
 一方で、アリーシャ様は王妃教育が既に心身の隅々まで行き届いた、現王妃様にも劣らない教養がその比類なき美貌を更に引き立てている、まさに美の結晶。
 こんなお二人のあいだに割り込んで自分が王太子殿下を狙っていると思われていただなんて……恐れ多すぎて思いも寄らなかったのは、いまでも深く反省している。

「エイミーもお茶にきたなら、一緒にどうかな?」
「ひえっ……!? めめめめっそうもないですっ!! わたしは、あのっ、ちょっと花壇の様子を見に来ただけでして……」

 殿下は噂のこともアリーシャ様に何やかんや説明したこともご存知ないとはいえ、あまりにも暢気……いえ、恐れ多いお誘いに慌ててお断り申し上げた。
 普通に考えたら、殿下自らの誘いをわたし如きが断るなんてとんでもないことなんだけど……あんなことがあってなお二人のあいだに入れる度胸は、わたしにはない。

 ないって言ってるのに。

「それは良い案ですわね。エイミー、座りなさい」
「は、はいっ!」

 思わずその場に正座したわたしを、アリーシャ様の毛虫を見る目と、殿下の面白い芸人かなにかを見る目が襲う。

「まあ、哀しいわ。エイミーは私のことを、一緒にお茶をしようというのに、あなただけ地べたに座らせるような冷酷な女だと思っているのね」
「すみません! 失礼致します!」

 ちっとも哀しいと思っていない棒読みで、アリーシャ様が仰った。
 たぶんなんだけど、最近のアリーシャ様はわたしで遊んでいる節がある。けれど、わたしがなにか言う度アリーシャ様と殿下が顔を見合わせて楽しげに笑われるから、それもいいかな、って思っている。

 不貞の噂は消えたけれど、まだアリーシャ様を誤解する声は綺麗に消えていない。わたしは、このお二人の纏う本当の空気を皆に知ってもらうためなら、道化にだって庭師にだって猿回しの猿にだってなってみせる。
 地元で山猿令嬢とまで言われたわたしの、本気の雄叫びを見せる用意はいつだってあるんだから。

「アリーシャ、エイミーはねえ、アリーシャのことがとっても大好きなんだよ。前に誤解をしてしまってから、たくさん君の話を聞いたんだ。君にもあんなに可愛らしいところがあっただなんて知らなくて……勿体ないことをしたなあ」
「……そう。光栄ですわ」

 あとは、このゆるふわ王太子殿下が、今後の人生でアリーシャ様の地雷原でダンスしまくらないことを祈るばかりだ。


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