つめたいよるのけものたち
(へそウォ派生マツノフ)



人気のないこじんまりとした廃屋に灰を集め、採れたての生き血を注ぐ。最後にひとつ、秘密の魔法をかけて。
徐々に形を取り戻し、ぴくぴくと反応をしだすてのひらにようやくため息を吐いた。
こうして灰を集めたのはこれで何度目だろうか。うちの弟は些か甘ちゃんが過ぎるようだ。どれだけ家畜に騙されれば気が済むのか。あんな小賢しい生き物となんて共存なんて出来るはずもないのだ。ここは兄としてしっかりと自覚を持って貰わねば。
最後にぱか、と眠たげな眼が開き己を確認するとあからさまに眉を寄せられた。

「お早う、マイリル。今宵の気分は如何かな」
「最悪だよ、起きて最初に見る顔がお前なんてな」
「フゥン?今日も手厳しいなシェリー」
「まぁ生き返らせてくれたことには感謝するよ」
「イチマツ、お前ちょっと油断し過ぎなんじゃないか?これで何度目だ?」
「うるさ……っ、ーー……?」
「さぁイチマツ、喉が渇いたろ?これを飲むといい」
「それ、人間のならいらないから……」
「駄目だ。嫌だと思うが飲んでくれ。お前が飲んでくれないと死んでしまう。目の前でお前がまた死ぬところを見たくはないんだよ」

心配なんだよ。凛々しい眉を下げる兄は頑なに人間の血を飲もうとしないおれを心底心配しているようだ。それでもおれは人間を襲いたくはなかった。こんな化け物、生きていたって、死んでいたってどうだっていいのに。ずっとそう思っていた。生きるために殺す。おれのために未来ある人が殺されるなんて傲慢だろ。
それでもどうしても喉が乾いてしまう時は動物から少しずつ拝借するようにしていた。
だからこそ今まで人間の血に触れたことが無いし、飲んでみたい、なんて思ったことも無かったのだ。

だが、今回はなにかが、おかしい。
いつもは起きてすぐ喉が渇くなんてこと無かったのに。これほど血に飢えることなんて、無かった筈なのに。
目の前のワイングラスのなかで揺れる赤色の生命から目を離すことが出来ない。甘い匂いに誘われている、ひどく、喉が渇く。

「さぁイチマツ、飲んでくれるか」
「ぁ、やだ……」
「何故だ?気にすることはない、こいつは俺達が手を下さずとも自然とくたばっているようなニンゲンだぞ?誰にも迷惑はかけていない」
「で、でも、」
「ほら、喉が渇いているんだろ」

グラスをぐいと寄せられ、漂う甘い匂いにくらくらする。
正常な判断が出来ていない気がする。
けれど人間の血は飲めない、飲まないと決めているのだ。

「ゃ、」
「そんなに物欲しそうな顔をしている癖に。本当に頑なだな ……それとも、お兄ちゃんが飲ませてやろうか……」

耳元で囁かれる低いテノールに痺れていると彼の長い指が唇を這う。そして反対の手でくるくるとグラスを回す。
ちゃぷんと揺れる雫にごくり、と喉が鳴った。
耳元にはくすりと笑う音が聞こえた。


+++


「ほら、くち、開けて」
「ぁ……、ン………、ふ……っ…」

おれは、いま、なにをしているのだろう。
雛鳥が餌を欲しがるように舌を伸ばして彼の口内の生命の雫を欲しがっている。それに応えるように咥内に肉厚な舌と唾液とそして待ちわびた赤い雫が入ってくる。口の中にあるもの全部を欲しいと深く深く飲みこむ。少しずつ癒される渇きに喉が鳴る。だめ、もっと、ほしい。
咥内の唾液と一緒に舌が絡むのを止められない。くちゃりくちゃりといやらしい音が廃屋に響いていく。

「もっと、欲しいか…?」

唾液と血液で汚れた唇をゆっくり舐め取る淫靡な笑みにぞわりと背筋に電撃が走る。
その際飲み切れなかった赤い雫がカラマツの顎を、首をたどって滴り落ち、衣服を汚した。

(勿体ない……)

「ん、イチマツ、積極的だな」

誘われるように首元に舌を這わせると男の香りが強くなる。髪に差し込まれた手のひらが労るようにおれの頭を撫でた。
そうやって優しく撫でられると酔ったように頭がぼんやりとしてきてしまう。さっきから身体もひどく疼いている。

「ね、ね、にいさん、おれ、まだ、足りない……」

自分でも媚びたような甘ったるい声が出たことに少し驚く。

「いいのか?お前の嫌いなニンゲンの血だぞ?」
「でも、欲しいよ……」
「ふぅん?だったら何が欲しいかちゃあんと言ってご覧?」
「もっと飲みたい……ね、こっちにも……」

自分より大きな手のひらを取って臀部へと招く。
すり、と今まで以上に密着すれば男の息が詰まった。
ちょっと楽しい。
ぐんと質量と熱さが増した怒張にぞわぞわと痺れが走る。

「ぁ、は、おっきくなった……」
「分かったからそんなに煽ってくれるな……!」
「ん、っ、んっ……んぁ……」

グラスから残っていた血液を全て飲み干したかと思えば、勢いよく口付けられた。
こくこくと喉を鳴らし必死で血液をすべて飲み込んでも口づけは終わらない。
舌を食み、吸い、噛まれる。吸血鬼独特の尖った八重歯が舌を刺激してきてゾクゾクする。開いた口から洩れる吐息が熱い。 まるで、本当に食べられてるみたいだ。

「おれのことも、たべていーよ、にいさん」

初めての血液か、久しぶりの肉欲のせいか、どうにも制御が効かないようだ。

「仕方ない仔猫ちゃんだ……ふふ、ニンゲンなんて忘れるくらい甘やかしてやる」
「へへ、やった…」





***








「ねぇカラマツ、お前、おれを復活させるときに何か混ぜた?」
「……さぁ?知らないな」

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