シレネは気づかない2
***


弟が寝ていた。ただそれだけ。誰もいないと思っていたから少し驚く。近づいて寝顔を覗く。すやすやとよく眠っている。愛しい俺の2番目の弟。俺の弟の寝顔はこんなにも可愛い。弟はあの時と同じようにソファの背もたれ側に顔を向けて丸くなっている。規則正しく背中が上下しているのが見て取れた。
最近、暑いせいもあるだろうが、一松はよくタンクトップを着る。今もまたタンクトップ1枚だ。ううん、と寝返りを打つとタンクトップの隙間からギルティニップルが覗く。ピンク色につやつやと輝くそれ、ああ、美味そ……いかんいかん。
寝返りを打ったせいで一松の口の中に溜まっていたらしい涎が滴り落ちかけている。慌てて拭ってやっているとぱかりと薄目を開けた眠たげな瞳とぶつかった。
「――――……」
それは数秒ほどの短い間であったが、お互い見つめあっているうちにぼんやりと脳内が溶けてきて、少しずつ顔が近づく、なんだろう、ひどく暑い。
ああ、キス、しちゃうなこれ。
どこか他人のように考えながらもはあ、と熱い息が漏れた。無意識に顎に掛けた右手に力が入る。いちまつ、呟いた瞬間、ぎし、と床が鳴いた。
途端はたりと脳が一気に覚醒して視界がクリアになる。同時に一松も眉間に深い皺が寄せられた。まずい。
「寝込み襲ってんじゃねえぞクソが……」
「いやちがうちがう、誤解だ!」
「俺の顎にかかってるその右手はなんなんですかねぇ……」
「す、すまない!本当に誤解だって!俺は強姦は好かん!どうせなら和姦がいい!」
「そういうことを言ってるんじゃねぇんだよなぁ……」
はぁ、とため息をついた一松がソファに座り直す。
今、本当にキスしてしまうかと思った。
初めてのキスは無理矢理じゃなくて甘くしてやりたいのに。
かしかしと頭を掻きながら一松はそれで?とこちらに目線を寄越す。またかちっと目が合ってすぐにふいっと逸らされてしまった。あの日愛してると言ってくれたのにまだ恥ずかしいんだろうか。かわいい。
「ふふん、一松、今は2人っきりみたいだな……恥ずかしがらなくていいんだぜぇ?」
「近くに寄るな息を荒らげるな服を脱がそうとするな!なんなのお前そんなにグイグイ来るキャラじゃないだろこわいよおまえー!」
「怖いだって?あんなに熱烈な告白をしておいて、今更冷たくするなんて、なんて男を翻弄するのが上手いんだお前は…恋の駆け引きってやつか……そういうの、燃えるな……!」
「ああんもう話が通じない!誰かいないのぉ!?」
「一松は俺が好きなんじゃないのか!?」
「すっ……きな理由あるかばあか!」
「そんなぁ……」
実は俺だってあの時の一松の言葉は弾みで言った事だって分かっているし、一松にそういう気持ちがないのも分かってはいる。もともと実らない恋だと分かっていることだが、一松による無意識下での「あいしてる」を貰ったのは事実だし言質も取った。俺は一松に嫌われていると思っていたから、俺を慕っていたこと分かったというそれだけでも儲けものなのだが。わざとしょげたふりをしてやれば、最初は横目で見ていただけの一松があーだとかうーだとかもにょもにょし出す。こいつはやっぱり詰めが甘い。一松は頭は悪くないんだが、自分の予想外のことが起こったり自分のキャパシティを超えると途端にポンコツになってしまうからなあ。賢いのに馬鹿ってやつだ。
「あー……お前にはちゃんと感謝はしてやってるから!なんかお前がして欲しいこと言えよ金とかなら貸してやっから! 」
「なんで強気ぃ?」
一応一松は俺に貸しがある。もちろん俺の服を勝手に着たのもそうだが、おそ松の誤解を解き、その後の汚れ役をすべて負ってやったのだ。一松はあれでいて真面目なところがあるから未だに負い目すら感じていて、だからこそ俺ともこういった言葉の応酬に付き合ってくれているのだ。
こんなチャンスを逃すわけにはいかないだろ。
「そうだな……お前耳生やせるだろ?それを撫でさせてくれないか?」
「えっそんなんでいいの?」
「ああ。さあこっちへおいで」
意外だとぴょこんと跳ねる猫耳。
いつからかびっくりしたり感情が昂ったりするとすぐ出てくるようになった猫耳。御丁寧に尻尾まで生やしてくれた一松はあっさりとあぐらをかいていた俺の膝の上に丸まった。
さあ撫でろと言わんばかりに目を伏せている。いくら兄弟とは言えそんなに無警戒でいいのか。まあこいつこう見えて兄弟大好きっこだから仕方ないのかもしれないが。
おそるおそる一松の頭から生えている猫耳をかりかりと撫でてやればぐるぐると喉も鳴った。お前本当に猫みたいなんだな。
「ひひ、クソ松のくせに上手じゃん」
「そうか。それは良かった!」
さわさわと猫耳から頭、背中を辿り尻尾をするりと撫でてやり、喉を掻いてやるとごろごろという鳴き声が大きくなる。嗚呼、確かにこれは楽しいな。一松の温もりと柔らかな触り心地に癒されていると一松がゴニョゴニョと動き出す。駄目だ。まだ俺はもっと堪能していたい。猫って確か尻尾の付け根が気持ちいいんじゃなかったか?そこをとんとん、と軽く叩いてやると一松が小さくにゃっと鳴き、体もびくっと跳ねた。ほう。そんなに、いいのか。
「ん、もうそろそろ、おわり……」
「ん?もう少し堪能させてくれよ、あまり猫に触れる機会なんてないんだから。お前だって気持ちいいだろ?」
「あ、ぅ、でも……」
「ほら、」
「っひゃんっ!……っとにいい加減にして!これ以上やったら十四松呼んで――…!」
「誰か、呼んでもいいのか?」
「ふぇ?」
「こんなところ、誰かに見られたっていいのか?」
「ぇ…?」
ぴくんぴくんとどこか撫でるたびに反応が返ってくるのが可愛い。
尻尾の根元をとんとんと叩いてやればもっともっとと尻が浮いてくる。キモチイイって体が、表情がこんなにも訴えているのに?
「お前。すごい顔してるぞ」
「……ッッッ!!」
「嫌いな兄貴に寄り添って尻をそんなに高く上げてそんな蕩けた顔をしているのに、またおそ松に誤解されてしまうなあ?」
「ん、だったらやめろよぉ……!」
「俺は誤解されても構わないからな」
「おれはやだ…」
「だったらしっかり絶えないとな」
「ぅ、」
「だって俺はお前を撫でてやっているだけなんだから」
「〜〜〜ッくそ、好きにしろよ…」
ああ一松。お前本当に流され易すぎてお兄ちゃん心配になっちゃうな。
だけどそれを指摘してやらない俺。
(こんな俺に愛されてなんて可哀想な一松。)

俺はな、一松。演劇部に入ればずっと隠し通せると思っていたんだよ。お前に対するこの醜い感情を。お前に嘘をつくのは心苦しかったが、昔からカンの鋭いお前はそれを察して離れていってしまったろう?実は、あの時正直にいうとほっとしていたんだ。ずっと昔のようにくっついていたらいつの間にかお前に無理矢理迫ってしまいそうだったから。
ああごめんな、泣かないでくれよ。なあほら、お前はこんなに臆病で、繊細で、ずっと可愛い。だからこんな感情をお前に押し付けるわけにはいかないだろ?兄として、男として、無理矢理襲うのはスマートじゃないだろ。だから、ずっと距離を置いたらこの気持ちも徐々に薄れていくんじゃないかって思ってたのに。
でも、大人になってもこの思いはいつまで経っても冷めやらないじゃないか。いつまでも隠し通すのは無理だと、最近ようやく悟って、もういっそお前の心を溶かしていければいいと思っていたんだ。その最中にお前の愛してるの一言が弾みで言ったものだと分かっていても嬉しくて、そいつを最大限使ってやろうと思ったんだ。

俺はずるい。結局俺も屑の六つ子のひとりなのだ。


「ほら、顔をもっとよく見せてくれ、一松」
「ふ……」


「かわいい一松。俺はずっとお前に優しくしてあげたかったし、それ以上にお前をずっと傷つけたいと思っていた」
「え?」


「実は俺もお前がずっと好きだったよ」


「えっ……?」


無意識下を奪ってしまえば、今度は一松の意識を奪えばいい。無意識と意識、どちらも俺が好きだと言ってくれればこれはもう両思いだろ?
愚かな仔猫に肉食獣から逃げる術はもう何処にも無い。

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