ぼくらのピーナッツバタークリームな一日
「くそ、サイアク……」

遅めの朝食を終え、歯を磨こうと洗面台へ向かったら聞こえてきたのは四番目の兄の小さな呟きだった。四番目の兄、僕らの一松兄さんはいかにも落ち込んでいます、とため息を吐いた。

(そこをどいてくれないと歯磨きができない)

ねえ、とひとつ声をかけてみるとやっと僕に気づいたようで歯磨きか、と道を開けてくれた。

「……一松兄さんどうしたの?」
「母さんが服、全部洗濯しちゃって替えがねえんだよ……」
「あらら、ご愁傷さまー!……ア、いや、ずっとパジャマは問題だよねぇ」

軽く煽ったら小さく睨まれたので機嫌を損ねないようにすぐさまフォローを入れた。無言の睨みこっわー。
その視線から逃げるべく歯ブラシを手に取る。確かにそうは言ってもやっぱり一日中パジャマというのは不便だろう。どうしようかと歯を磨きながら思案していると、遠くのほうからどたどたと激しい足音が聞こえた。この足音は十中八九、五番目の兄、十四松兄さんだ。

「一松兄さん!一松兄さん!」
「十四松、」
「見てみて!カラ松兄さんのタンクトップなら予備あるって!着る!?」

事情を知っていたらしい十四松兄さんは既に替えの服を探していたらしい。その十四松兄さんが持っていたのはなんと真っ青な生地の真ん中にでかでかと二番目の兄の顔がプリントされたものだった。
あまりにひどいデザインに思わず顔を顰める。それは一松兄さんも同じだったようで、小さくチッ、と舌打ちしたのが聞こえた。

「うっわ、なにそれ……わざわざプリントしてるわけ?ほんとイッタイよねぇ!」
「そんなクソタンクトップ着るくらいなら全裸のほうがまし」
「ちょっと兄さんそれは流石にやめてよ!?わいせつ罪で捕まりたいの!?」
「……冗談だよ」
「僕の目を見て言って!!ほんと一松兄さんのは冗談に聞こえないから!」

兄たちがアルバイト先にきて散々問題を起こしたのは記憶に新しい。とりわけこの兄が公衆の面前で一物を晒していたときは本気で死ぬかと思った。もー!と内心ヒヤヒヤしながら口をすすいでもう一度一松兄さんを見れば少しだけ笑っていた。珍しい。
ねー!いちまつにいさーん!!
いつの間にかどこかへ行った十四松兄さんが遠くから呼んでいるのが聞こえた。それに応えるために一松兄さんと僕は洗面台を後にする。次兄のクソタンクトップは可哀想なことに無残にも洗面台の隅へ捨てられていたのを目の端でちらっと見つけたが、流石にこれを触る勇気は僕にはまだない。

「あっ!一松兄さん!ほらねこあるよ!ねこ!これ着る?」
「猫ォ?」

十四松兄さんの呼ぶ声は共用の寝室から響いていた。そこにいたのは黄色の恐竜だか家鴨だかの着ぐるみを身にまとった十四松兄さんで、そこで箪笥から自身が着ているような着ぐるみ風の部屋着をあれやこれやと引っ張りだしてきていた。
あの着ぐるみ、こんなに種類あったのか……。
成人した男がこんな着ぐるみパジャマ持ってるって、さすがにちょっと、どうなんだろう…。
若干引いたのは僕だけじゃないようで、隣の兄も同じようにうへ、と少しだけ顔を顰めていた。成人男性に猫て……。
しかしここでもうひとつ、コレってある意味面白いのでは?という考えが浮かんでしまう。年齢にそぐわないかわいい服を着た兄貴2人。そんな二人のツーショットなんかをSNSでアップロードしたら少しは話題づくりになるかもしれないよね?
「ねえねえほら一松兄さん猫だって!かわいいんじゃない?」
「ええ……成人男性の着ぐるみパジャマってギャグかよ…痛すぎる…」
「えー?でも十四松兄さんは着てるよー?」
「あいつは似合ってるからいいの」
「……一松兄さんって十四松兄さんにほんと甘いよねー? 」
「トド松それお前が言う?」

逆に自分に矛先が向かって一瞬焦る。少しだけ思い当たる節があったから尚更。誤魔化す為にえー、そうかなぁ?と明後日の方向を見た。
目を逸らしているうちに着替えは終わったようで目の前にいたのは紫色の猫耳がついている着ぐるみ。チェシャ猫だろうか。きちんと尻尾までついているところが細かい。フード部分についている猫の表情は可愛らしいのにそこに収まっている一松兄さんの顔は酷く不機嫌だった。
可愛らしい服と不機嫌な表情のアンバランスさに思わず笑いそうになる。妙に似合っているのが尚更。ここで笑ったら多分一松兄さんの機嫌が急降下するの待ったなしなので、笑いそうになるのを必死に堪える。

「一松兄さんかわいいね!ねこ!俺とおそろい!ね、トド松!」
「うん、似合ってるし思ってたよりずっとかわいいよ、一松兄さん」
「服が、だろ?」
「いや、ほんとに似合ってるから。……ねぇねぇ写メっていい?」
「やだよそれネタにする気だろ」

あれ、バレてる。ここで本人にNG出されてしまったらどうしようもない。こりゃまた失礼いたしました!
「えへへいやいやそんなまさかぁ!ね、十四松兄さんとツーショット撮ってあげるから、ね?」
「……じゃあお前も着たら」
「へっ?」
「十四松、」
「はいな!あんさん!」

一松兄さんが十四松兄さんの名前を呼ぶと、目の前にいた黄色の残像はあっという間に気づいたら後ろに回っていて、驚きに目を一瞬瞑った。次に目を開けた時には自分が着ていた兄弟とおそろいの青いパジャマはいつの間にかピンク色のふわふわした妙に可愛らしい服になっていた。

「!?はっ?ちょ、なにコレェェ!?」
「トッティはうさぎ!」
「ウサギぃ!?」

突然の出来事に付いていけず目を白黒させているとこちらを見る目とかち合う。目が合うとにやあと笑われた。くっそ、企んでたのはそっちだったか。

「……かーわいいぜトッティ」
「トッティも似合う!」
「や、やめろぉ!!」

けけけ、と笑う兄たちに自然と顔に血が登る。ひとりは純粋に、ひとりは皮肉に満ちたかわいいという言葉をひたすら投げてくる。
うおおおおくっそう!僕は痛い成人男性を晒し上げるつもりだったのに…!
自分がこうなったら元も子もないじゃないか!
あとトッティって呼ぶのもやめてって言ってるのに!
……ま、まぁ、いいさ。今日は外に出る予定もないし……。
世の中の女の子は仲良しな兄弟とかかわいいものが大好きだ。とっておきのかわいい自撮りをしてやる……!
「ほらそこ、首をもうちょっと傾げて!で、指はこう!小顔効果!」
「えー……」
「十四松兄さんカメラ目線!」
「こうっすか!?」

ぱしゃりとシャッターを切る。うん、仲良しな感じが出ててなかなかいい感じ。
そういえば後から知ったことだが、この兄たちは意外とノリがいいようだ。ひとりは何も考えていなさそうだけど。いや、どっちも何も考えていないのかも。たまに悪ノリが過ぎる。

「じゃあ一松兄さんにゃーって言って」
「に"ゃ"あ"あ"あ"ん」
「うわっ何このめっちゃふてぶてしい猫」
「にゃああああ!!」
「十四松兄さんは猫じゃないでしょ」
「うさぎ!?」
「うさぎは僕なんじゃないの?」
「うさぎって何て鳴くんすか!?」
「ぴょん?」
「……それって鳴き声?」
「もー!うさぎの鳴き声なんて知らないよ!ほらもう一枚だけ撮りたいから協力してよね」
「「はーい」」

ぱしゃり。
うん、可愛く撮れた。




ぼくらのピーナッツバタークリームな一日








「……で、このかわいい子達は疲れて寝ちゃってんのね」
「着ぐるみパジャマが似合う成人男性って……」
「……」
「って無言で連写するのやめてもらっていいかなカラ松!?」
「それ後で俺に送って」
「ああ」
「お前らなぁ!」
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -