眠らないこの街で。




今日もまた、トバリシティに夜がやってくる。

普通の住民ならばとっくに寝ている時間だ。

だが、ここトバリシティでは違う。

カジノにデパート、それに怪しげなギンガ団のビル。

他にも様々な施設が、夜の闇の中で光っている。

勿論施設だけではなく、多くの人々も活動している。

トバリシティは眠らない街だ。

誰かがそう言った訳ではない。

少なくとも僕はそう思っている。




「よぉセージ。今日もまた儲けたらしいな。」

いつも通りカジノで暇を潰していると、声を掛けて来た男が一人。

誰だコイツは。

いかにもゴロツキな見た目だ。

あまり関わりたくは無い。

僕は出来るだけ穏やかな笑顔を作る。

「すみません、人違いじゃないですか?」

「おいテメー、何しらばっくれてんだ?」

「しらばっくれてなんか居ませんよ。僕は本当にセージなんて人じゃない。」

「知ってるんだぜ?テメーが怪しい仕事をしてて、かなりの金を稼いでるってのは!!」

男は、声を荒げて僕に詰め寄って来た。

折角笑顔で答えてやったのに、しつこい奴だ。

この台ではもう当たりも出なさそうだし、さっさと帰りたいのに。

仕方が無い。

「だから人違いだと言ってるんです。それでは失礼。」

僕は男を無視して店を出ようとした。

その時、カジノの店員がこちらに気付いてやって来た。

「お客様。申し訳ございませんが、店内での喧嘩はおやめ下さいませ。」

そう言った店員に僕たち二人は追い出されてしまった。

まずい。

店内に残っていた方が良かった。

店内であれば、この男も店員の目を気にして大人しくしていただろう。

しかし、店を出てしまえば僕らはただの一般人だ。

ここで喧嘩をしようが、誰も止めには入らないだろう。

この男は身長は僕と同じくらいだが体格を見ると明らかにこちらが不利だ。

なんとかして逃げなくては。

「ここなら邪魔は入らねぇな。じゃ、今月のショバ代を払って貰おうか。」

やっぱり、男は最初から僕の有金を狙って声を掛けて来ていた。

別に、金は惜しくないが簡単に今日の稼ぎを渡すのは面白くない。

かと言って、下手に断って痛い目を見るのは御免だ。

どうすればいいか。

僕は頭を働かせる。

「ショバ代って…。だいたい、貴方がこの街を仕切って居る訳でも無いのに、

 どうして僕が貴方にお金を払わなければいけないんです?」

わざとらしく溜息をついて答えると、男は僕の胸倉を掴んで怒鳴って来た。

「るっせー!痛い目見たくなかったら金を出せって言ってんだよ!」

予想通り、こいつは単純な性格だった。

こういうタイプの男はすぐに頭に血が上る。

だから、怒らせれば必ず隙が出来る。

僕は、チラリと男の背後を見る。

すると、男もつられて振り返ろうとした。

今だ。

僕は、思いっきり男の左足の甲を踵で踏んだ。

「ぎゃっ!!」

男は悲鳴を上げ、思わず手を離した。

その隙に、男とは反対方向に向かって走る。

これで逃げ切れる。

筈だった。

突然、何かに足を取られて視界が反転する。

頭から転ぶ形になり、咄嗟に庇った腕に痛みが走る。

一体何が!?

「おいテメー、よくもやってくれたな!!」

体勢を立て直した男に左足を踏まれる。

鈍い痛みに思わず顔をしかめる。

足下を良く見ると、自分が躓いたのは拳ほどの大きさの石だった。

いや、ただの石では無い、これは隕石の欠片だ。

深々と地面に突き刺さっている。

足下が暗くて、良く見えなかったのだ。

この街の名物でもあるソレは、今の僕には迷惑なものだった。

「おい、今ので俺の足が折れたかも知んねーんだが。

 これはもう、金を出すだけじゃあ足りねーよなぁ?」

(今お前が踏んでるのはその折れた左足じゃないか。)

内心で悪態を付くが、この体勢ではどうしようもない。

男が左足を高く持ち上げる。

腹を踏まれると予測した僕は、咄嗟に腹に力を込めた。

その時。

「ピュイーーーーーン!!!」

「ギャーーーッ!!!」

鋭い鳴き声と共に、目の前に眩しい閃光が走った。

同時に男の悲鳴も聞こえる。

しかし、眩しくて目を瞑った為に何が起こったのかは分からない。

しばらくして閃光は消え、目を開ける事が出来るようになった。

開けた目に映ったのは、地面に伸びている男と、

得意気にこちらを見る一匹のポケモンだった。




トバリのホテルに戻った僕の後を、今日もそのポケモンは付いて来た。

稲妻の様な形をした、オレンジ色のポケモン。

常にふわふわと浮いている。

調べたところ、名前はロトムと言うらしい。

滅多に見つからない、珍しいポケモンらしい。

それ以外の事は何もしらない。

以前、ハクタイの森の廃墟のテレビを調べている時に見つけた。

それ以来、知らぬ間に僕に付き纏っている。

「ピュイーン…?」

さっきから、ロトムはうろうろと僕の左足の辺りを飛び回っている。

踏まれた所を心配しているらしい。

それほど酷い怪我じゃないんだけどな。

「だから、何も心配は無いって。」

そう言っても、ロトムは僕から離れようとはしない。

「おまえ、あまり僕に纏わり付いてると、誰か悪い奴に捕まるぞ?」

「ピュイッピュイッ」

忠告しても、ロトムは僕から離れようとしない。

ベッドに上がった僕の周りを、嬉しそうに飛び回っている。

僕の言っている事が、分かっているのか分かっていないのか。

何度か忠告はしたが、いつもこの反応だ。

だから、もう半分諦めている。

ならば。

「いっそモンスターボールで捕まえれば、他の奴には…」

「ピュイーン!」

そう言うと、ロトムは嬉しそうに一回転した。

「やっぱり止めた。」

「ピュイィー……」

「悪いけど、特定のポケモンをてもちに入れる事はしないんだ。」

そう言うと、ロトムは残念そうにどこかへ飛んで行った。

その姿に多少の罪悪感を抱く。

しかし、仕事上これは仕方が無いことだった。

特定のポケモンを使って仕事をすれば、いつかそこから足が付く。

今日あの男が絡んで来たのも、どこからか自分の情報が漏れたからだ。

最近仕事が立て込んでいて、同じポケモンばかり使っていた。

多分、そこから突き止められたのだろう。

あの男からは財布ごと身分証明書を奪って来た。

これ以上こちらを詮索してくるような真似はしないだろう。

しかし、用心するに越したことは無い。

ロトムの気持ちは嬉しい。

だが、こちらにも事情と言う物がある。

だから別に胸は痛まなかった。

その代わり、踏まれた左足が少しだけ痛んだ。

(それに、僕にはもう、誰も信じることは出来ない………)

眠らないトバリの街並みを窓越しに眺める。

しばらく眺めた後、僕は電気を消し眠りに落ちた。


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セージとロトムのちょっとした日常。
彼の過去については、追々明かして行きたい。
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