小さな一人と一匹。
シンオウ地方、カンナギタウン。
ここはシンオウ地方の中でも古い街並みが並ぶ。
街並みと同じように、住んでいる人々も高齢者ばかりだ。
だからか、この街はいつもとても静かだ。
そんな街に、珍しく幼い少女の声が響いた。
「まーちゃん、待ってよお…!」
声の主は、菫色の髪をハーフアップツインにした少女。
名前をスミレという。
桃色のワンピースをはためかせて走っている。
「マネー!マネネーッ!」
スミレが追い掛けているのは、まーちゃんと呼ぶマネネだった。
飛び跳ねて駆けるマネネを、彼女は必死に追い掛けて居た。
「お店はそっちじゃないよう!」
「マネェーッ!」
スミレが声を掛けても、マネネは構わず先に行ってしまう。
ついにスミレは涙目になり、その場にしゃがみ込んでしまった。
「まーちゃん、どうして待ってくれないの…?」
しゃがみ込んで泣きべそを掻く彼女に、マネネは慌てて駆け寄る。
「マネッ!マネッ!」
「うぇーん…」
スミレは泣きだしてしまった。
それを見て、マネネは自分が悪ふざけをし過ぎた事に気付いた。
「マネーッ、マネネー」
謝るように両手をバタバタとさせるマネネ。
だけどスミレは泣き止まない。
「えっ…えっ… 酷いよまーちゃん、スミレが走るの苦手なの、知ってるでしょ…?」
「マネネー…」
なんとか彼女を泣き止ませようと、マネネは考える。
そして、突然踊りだした。
「マネネ、マネッ!」
「うっうっ…」
一生懸命可笑しな踊りを踊るマネネ。
それでもスミレは泣き止まない。
また考えるマネネ。
そして、マネネは「影分身」を使った。
スミレの周りで、3匹のマネネが可笑しな踊りを踊る。
「「「マネ! マネネーッ!」」」
「「「マネッ、マネッ!」」」
「……ふふっ、なあに、まーちゃん。変なの。」
それを見て、スミレはやっと泣くのを止めた。
「マネー…!」
マネネはホッとした。
このスミレという少女は、とても泣き虫なのだった。
「おやスミレちゃん、一人でお使いかい?偉いねぇー。」
スミレが店に入ると、店主の老人が声を掛ける。
カンナギタウンにはフレンドリーショップが無い。
その代わり、老夫婦が経営する小さな店がある。
今日、スミレは母親に頼まれてこの店に風邪薬を買いに来たのだった。
「えへへー。おばーちゃん、風邪薬下さいっ」
スミレは持たされたメモを見て、元気に注文をした。
「おや、今日もマネネと一緒なんだね。」
「うん。まーちゃんとスミレは、いつも一緒なんだよ?」
「マネ!」
「そうかい。仲が良いんだねぇ」
スミレが答えると、マネネも真似をするように答えて見せた。
スミレとマネネの様子を見て、店主は思わず笑顔になる。
「はい、じゃあこれが風邪薬ね。おまけに傷薬もあげようかね。気を付けて帰るんだよ。」
「わあ、ありがとうおばーちゃん。またね!」
袋を受け取ると、スミレは店を後にした。
パタパタと駆けて行く彼女を見て、店主はまた微笑んだ。
「まーちゃん、今日も良い天気だね。」
「マネ!」
店からの帰り道をスミレは歩いていた。
今度はマネネが何処かへ行かないように、しっかりとマネネを腕に抱いている。
「寄り道しないで、ちゃんとお家に帰ろうね?
今日は祠には行かないからね?」
「マネネー」
スミレが言うと、マネネはコクコクと頷いた。
この街の中央には古い祠があり、スミレは時々そこで遊んでいた。
しかし、今日は御使いの帰り道なのだ。
スミレは母親に、寄り道をしないで真っ直ぐ帰って来なさいと言われていた。
なので、家に向かって真っ直ぐに帰る。
彼女は素直な子だった。
「それにしても、今日も静かだねー。」
子供があまり居ないこの街には学校も少ない。
その為、良い天気のお昼でも子供の遊ぶ声はしなかった。
「〜〜♪ 〜〜〜♪」
スミレは好きな歌を歌いながら道を歩く。
マネネもその歌に相槌を打つように声をあげた。
「マネ!マネ!」
「えへへ、まーちゃんはいつも元気だね。
まーちゃんが居るから、スミレは寂しくないよ。」
このマネネは、友達がおらず寂しがっていたスミレに母親が渡したポケモンだ。
二人はいつも一緒だった。
スミレはマネネに常にひっ付いて居るし、マネネも決してスミレのそばを離れない。
その為、先ほどマネネが何処かへ行きそうになった時にスミレは泣いてしまったのだった。
「あのね、まーちゃん。」
「マネ?」
不意にスミレが腕の中のマネネに声を掛ける。
マネネは不思議そうにスミレを見上げる。
「ううん、やっぱり何でもないよー。」
「マネネー…?」
スミレはそう言って笑い、また歌を歌い始めた。
マネネは少し怪訝な顔をしたが、気にせずに彼女の歌に耳を傾けた。
マネネには言わなかったが、スミレはこんな事を考えていた。
もし、スミレに同い年くらいのお友達が居たら。
そのお友達が、スミレとマネネのように仲の良いポケモンを持って居たら。
そうしたら、二人と二匹でもっと楽しく遊べるかも知れない。
だけど、スミレはそれを言わなかった。
もし、その言葉を口に出してしまったら。
マネネは、スミレがマネネと二人なのを不満に思っているように感じてしまうだろう。
勿論、そんな事は決して無い。
だけど。
少しだけ考えて、スミレは頭を振る。
そして元気に言った。
「まーちゃん、お家に帰ったら、一緒におやつを食べようね。」
「マネー!」
スミレはマネネの事を何よりも大事に思って居た。
マネネも、きっと同じ気持ちだ。
このもやもやした気持ちは、歌を歌って居れば晴れるだろう。
スミレは、少しだけ大きな声で歌う。
彼女はまだ、一人と一匹で居たかった。
――――――――――
スミレとマネネのお話。
まだレイリさん(ラッピィ様宅)と出会う前のお話。