【甘味男子】
温まった布団から這い出てみれば肌寒い空気が喉の粘膜を刺激する、いつもと変わらない月曜日の朝。
この時間に鳴るはずの無いインターホンの音に下り掛けていた瞼を押し上げ、重い足を引き摺って玄関へ向かう。ああ、フローリングが冷たい。
「とりっくおあとりーと?」
小学生でもまだマシな発音をするだろうと言いたくなるセリフを吐きながら、見事なまでのドヤ顔を幼い面に貼り付けて立っていたシシドが視界に入り、開いたドアをゆっくりと閉める。
「ちょ、閉めんなよばか!」
正確に言えば、開いたドアを閉めようとしたのだがシシドの手と足に阻まれて閉められなかった。何なんだ。朝っぱらから、でら面倒臭い。
「俺は忙しいんだ。帰れ」
言いながらドアを引くが、掴んだ手と間に挟まっている足はちょっとやそっとじゃあ離れそうにない。ここで喧しいコイツの相手をしてやるのはあまり気が進まないというのに。ご近所の迷惑になる、というのもあるが、何より俺が一緒になって騒いでいると勘違いされるのが一番の問題だ。あくまで自分は被害者なのだから。
「てめー今ダルンダルンのジャージ着て頭ァぼさっぼさなくせして『忙しい』とか言ってんじゃねーよ!」
「あー、でらうるさい」
だからといって相手にしなければ益々事態は悪化する。見た目通りのチンピラよろしく騒ぎ立てる男から漂う、見た目に反した甘く可愛らしいシャンプーの香りを吸い込んで溜息一つ。
渋々ながらもその細い腕を掴んで家の中に引き摺り込んでやれば、パチリパチリと大きな瞳を数回瞬かせてからニヤリと歪めた金の双眸が背骨の上を舐め上げていく気配。
そんな視線を無視してリビングに入れば靴を脱ぎ飛ばした男がぺたぺたと後を追ってくる。
「菓子は無い」
煎れたてのブラックコーヒーで喉を潤してから投げた言葉に、シシドの期待に満ちた目が楽しそうにキラキラと光る。日頃からガキだガキだと思ってはいたが、ここまで露骨な顔をされるといちいち反応してやる気も起きない。
「じゃーイタズラな」
「却下だ」
「あー?」
途端心底不服そうに眉間に皺を作る男の纏うオーラは、最早チンピラというよりも取り立て屋のそれだ。教育上よろしくないし、どうにも可愛くない。文句を言いたいのかこちらに近付いてきたシシドが不意に立ち止まり、何かを考える素振りを見せた後に顔を上げて。
タンッと軽い音を立てて床を蹴ったその勢いのままに迫ってくる金髪を避けきれず、鈍い痛みを伴ってぶつかってきた少しかさついた唇は砂糖のように甘かった。
ああ、くそ。これだから、ガキは。
END.
20111031
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一応学パロでハロウィンのつもり。