【真夜中の訪問者】
普段の行いのお蔭か溜めに溜めまくった書類の山をやっとの思いで片付けてから壁に掛けてある時計を確認すれば、短い針がもうすぐ12を指そうかとしているところ。
すっかり真っ黒になった窓の外を眺めながらそろそろ寝る準備をしようと椅子から腰を上げた時、ドンドン、と些か乱暴なノックの音がそう広くない部屋の中に響いた。
「しーな」
間を置かず薄い壁を隔てた向こう側から聞こえた幼い声に、見慣れた生意気そうな顔が頭の中に浮かぶ。もう一度時計を見てから扉を開けてやれば、そこには思った通り小さなシシドが立っていた。お気に入りらしい花模様のブランケットをマントのように羽織った姿は、まるでてるてる坊主みたいで面白い。しかし可愛いと思ってしまうのも確かで。
「こんな時間にどうしたんじゃ?」
こうしてシシドが夜中に部屋を訪ねて来るのは今日が初めてではなく、その度に同じ質問をしている自分はやっぱり意地が悪いのだろうか。わかっていながら毎度お馴染みの質問をしてやれば、シシドは何度か口を開けたり閉じたりして何かを言いたげに一通りそわそわしていたが、やがて腹を括ったように忙しなく彷徨わせていた視線を勢い良くぷいと逸らして。
「いっしょに、ねてやる」
唇を尖らせながらいつも通りの上から目線で「一緒に寝てやる」と言うシシドの誤魔化しきれていない真っ赤に染まった耳が髪の隙間から覗いているのを見付け、ざわりと何とも言えない胸の疼きに背中を押されるように目の前の小さな身体を抱き上げた。突然のことにてっきり暴れられるものだと思ったが、シシドは抵抗する素振りを見せることもなくまるで借りてきた猫のように大人しく自分の腕に抱かれたまま動こうとしない。そのままの体勢で寝室へ向かうために足を動かしている途中、甘えるような仕草で肩に額をくっ付けたシシドが小さな声で2回ほど「ばかしーな」と呟いたのは聞こえないフリをしてやった。
一人で寝るには少しサイズの大きなベッドの上にシシドを降ろしてやり、クローゼットの中から冬用だが比較的軽めの毛布を引っ張り出す。今年は異常気象のせいか3月も半ばを過ぎたというのに、大粒の雪が降り積もる程度には十分寒いのだ。自分はこう見えても頑丈にできているから平気だが、もしこの小さく幼いシシドに風邪でも引かれたらと思うと気が気ではない。
「重くないか?」
「へーき」
シシドが持ってきたものと合わせて2枚の毛布と羽毛布団を掛けてやり、電気を消してからシシドの隣に潜り込む。ふわりと風に舞ったシシドの髪から香ったシャンプーの甘さに閉じかけた瞼を押し上げて隣にある背中に視線を向ければ、不意に寝返りを打ったシシドとばっちり目が合った。
驚いたのか逃げるように後退ろうとしたシシドの細い腰に手を回してぐいとこちらに引き寄せれば、縮まる距離に比例して甘い香りが増していく。突っ張るように胸に添えられたシシドの手の平も、肺の中がその香りでいっぱいになった頃には縋り付くようにパジャマの布地をぎゅうっと握り込んでいた。
やがてすやすやと寝息を立て始めたシシドの柔らかいほっぺたに「おやすみ」の意味を込めてキスをしてやると、いつもの生意気そうな顔がふにゃりととろけたように無邪気な微笑みを浮かべた後、白い犬歯の覗いた唇の輪郭だけを動かして「すき」と小さく囁いた。
END.
20110317
20110324
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とあるブログさんで書かれていた園児なシシドくんがあまりにも可愛くて…つい。しかしこれは特に園児設定で書いたというわけではないのですが。
日記に上げたものに少しだけ加筆して上げ直しました。