【盲点】
上着の袖に仕込んでいたナイフをキラリと煌めかせてくすんだアスファルトの熱を吸い温まった空気を振り払うように遠心力を加えながら真横に薙いだ。
切っ先に触れたのは彼…平和島静雄の纏う黒いベストに白いシャツ、あと日焼けを知らない胸板を覆う白い肌を少しだけ。じわりと滲んだ赤が膨れ上がりやがてポタリポタリと地面に落ちていく様を眺めて、ふと。
「シズちゃんてさ、もしかして人間?」
「はァ?」
それは小さな疑問に過ぎないはずだった。しかし口に出してしまったら、こうして言葉にしてしまったら。グルグルと螺旋を描くように深みに沈んでいく思考回路を置き去りに、どこまでも底の見えない仄暗い沼に片足を突っ込んだまま藻掻くこともできず。窒息しそうな長い沈黙を打破する方法は一つだけ。そう、彼だけがこの閉ざされた箱の鍵を持っている。
「手前なに当たり前なコト言ってんだ?」
その一言で己の中で渦巻いていたモヤモヤしたものが一気に霧散していくような気がした。
そうか、そうだよな。いくら『バケモノ』だと言われても、シズちゃんだって所詮はただの『ヒト』でしかないんだ。
こんな単純なことにどうして今まで気付かなかったんだろう。否、気付かないフリをしていたんだろう。
眼前に突き付けられたその一つの真実がどうしようもなく胸の内側を揺さ振って。反転した世界の中で俺はゆっくりと池袋の四角く切り取られた青く狭い空を仰いだ。
「そう……うん、わかった」
それじゃあ俺は君を愛そう。君は自ら『ヒト』という平等に愛しく尊い存在なのだと表明してみせたのだから。
だから君も俺を愛して。それが今君に与えられた拒否権すら存在しない絶対的な選択肢なのだから。
「好きだよ、シズちゃん」
小さく、しかしハッキリと告げたその言葉の意味が理解できずに呆けた顔をこちらに向ける彼の頬が段々桜色に染まっていくのは沸点を超えた怒りのせいか、それとも。
END.
20100727
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イザシズ?シズイザ?曖昧になったのでイザ→シズということで。とりあえず臨也が電波チック。