【101回目の】





今日の彼は、いつもより少し様子が違っていた。
ただ単に機嫌が良いのか、気紛れにからかっているのか…今だって、こうして目が合う度に。

「好きです」

そう囁く唇が、瞳が。まるで遅咲きの桜が綻ぶように、酷く穏やかに歪んで。
短く響いた音はすぐにグラウンドから聞こえる野球部の気合いの入った掛け声によって掻き消されたが、その余韻だけはいつまでも残ったまま溶けようとしなかった。

「好きです」

今日何度目になるだろうその言葉を背中で受けて聞こえないフリ。
知らず乱れる呼吸と加速する鼓動が煩くて、閉め切ったままの窓を開けば、風に舞った紙の束がバサバサと音を立てて床に落ちていく。その様を気にも留めず足を進めた彼の細い指先がゆっくりと左頬を撫でて。

「ヒバリさん」

呼ばれた名前に一際大きく跳ねる心臓。
輪郭をなぞる親指が口の端を掠める度に忘れていた劣情を騒ぎ立ててやまない。
そのもどかしいまでに緩い愛撫を振り払えたなら、この胸の奥の方をギリギリと締め付けるような動悸は治まるだろうか。もし、拒むことができたなら。

「好きですよ」

気付いた時にはもう遅い。背中に伝わる本棚の冷たさよりも、彼の視線の熱さに。追い詰められたという屈辱に。痺れるような、蕩けるような。じわりと染み込むように背骨を走るこの感覚から。
逃げたい、のに。逃げられない。獲物を見付けた捕食者の目が逃げることを許さないと、そう訴えてくる。

「貴方が、好きです」

甘さを含んだ吐息に耳をねぶられれば、頭の中がぐつぐつと煮え立つくらいの淫靡な空気に煽られて仕方が無い。
それでも気圧されそうになる精神を奮い立たせ、何とか動かすことのできる右手に精一杯の力を込めて振り上げる。

「いい加減に…っ」

そのまま振り下ろそうとした腕は難無く受け止められ、紡ごうとした言葉は押し付けられた彼の唇に飲み込まれて消えた。
卑猥な水音を立てながら絡められる舌に噛み付こうとするも、逆に官能を煽るように歯を立てられてしまいずるずると力が抜けていくのが悔しくて堪らない。
一旦離れた彼の顔は至極満足したように晴れやかで曇りのないものだった。

「誕生日、おめでとうございます、恭弥さん」

刹那、あまりの圧迫感に呼吸が止まる。力強く抱き寄せられて密着した彼の決して薄くない胸板から伝わる忙しない鼓動の心地好さすら比じゃないくらい。どこからか込み上げてくる熱いものに視界を遮られて。

滲んだ世界で、彼が、笑った。





END.
20100505
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不覚にも今日が雲雀さんの誕生日だということを忘れていたという自分の状況をツナさんに当て嵌めてみた。勿論プレゼントなんて用意してないツナさんは100回のスキと1回のキスで凌ぐんじゃないかと。ともあれ、お誕生日おめでとうございます。






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