【透明な壁】
わかっている。彼が見ているのは俺じゃないってことくらい。
「どうして泣いてるんですか?」
彼の頬を濡らす雫を拭おうと、雨で冷えてしまった指先で左頬に触れる。怯えと不安の混じった瞳が何かを堪えるように細められた。
「ヒバリさん、俺は、」
「煩いよ。黙らないと咬み殺すから」
紡ごうとした言葉を無理矢理切られ、するりと手を振り解かれる。その勢いのまま俺に背を向けて彼と俺の間に見えない境界線を引かれれば、行き場を失った右手がただゆらりと宙を彷徨った。
「僕は君が大嫌いだ」
まるで心臓をナイフで突き刺されたような痛みに一瞬呼吸が止まる。しかし、その痛みが彼に恋焦がれることで下される罰だと言うのならば、俺は甘んじてその罰を受けよう。
「すみません」
貴方のことがどうしようもなく好きで、すみません。
俺に貴方を好きになる資格なんて無いのに。貴方を縛る権利なんて無いのに。
駄目だとわかっていながらも、今では俺よりも小さくなってしまった彼を抱き締めようと伸びる腕を止められなかった。
口では俺を拒絶するのに、くだらない同情を伴う感情で大人しく俺の腕に抱かれる貴方の優しく愚かな心に付け込む俺を許してくれ、なんて言いません。
「ヒバリさん、俺は貴方が好きです」
それはどんなに強く想っても、貴方に届くことは無い。
いつか俺のこの黒く醜い感情が貴方という存在を壊してしまう前に。
どうか貴方の手で、貴方の全てを奪おうとする俺の手足を引き裂いて。ゆっくりと染み込むような緩やかさで俺の首を絞め上げて。
どうか貴方の手で、俺を、殺してください。
END.
20091016
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互いに相手は自分じゃない誰かを好きなんだと思っている。自分のことを好きになってくれないことはわかっているけど諦めることができない。…幸せなツナヒバが書きたいんだけどな。