【透明な壁】
わかっている。彼が見ているのは僕じゃないってことくらい。
「どうして泣いてるんですか?」
顔を覗き込む男の指先が、音も無く左頬に触れる。朝から降り続いている雨に打たれたせいか酷く冷たい。
不思議なものでも見るような瞳が微かに揺らいでから悲しげに歪んだ。口元だけは愛想の良い緩やかなカーブを描いたままで。
「ヒバリさん、俺は、」
「煩いよ。黙らないと咬み殺すから」
彼の紡ごうとした言葉を無理矢理断ち切って手を振り解き、その勢いのまま彼に背を向けて見えないボーダーラインを引く。
頬を伝って零れ落ちた雫が学ランの黒に吸い込まれて消えた。
「僕は君が大嫌いだ」
僕のことなんて何とも思ってないくせに。僕のことなんて見てないくせに。
それなのに、僕のことを好きだと言う君なんて、大嫌い。
「すみません」
ほら、またそうやって。まるで僕の考えてることなんて全部わかっているとでも言うような口振りで謝るんだ。
確かめるように背後からゆっくりと回された彼の腕。その中に大人しく抱かれていたのは、きっと心のどこかで彼を信じたいと願ったせい。
「ヒバリさん、俺は貴方が好きです」
もうこれ以上僕を惑わせないでほしいのに。彼が僕に囁く言葉は、いつも甘く痺れるような毒を孕んでいる。
いつの日かその毒でこの身の全てを蝕まれてしまう前に。
どうか君の手で、僕と君の間にある見えない薄い壁を引き裂いて。僕のことなんて嫌いだと耳に注ぎ込んで。
どうか君の手で、僕を、殺して。
END.
20091013
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お友達の誕生日に送り付けたもの。私が書くとどうしても雲雀さんがネガティブになってしまう。