【願い事一つ】
不意に自分しか居ないと思っていた校内に響いた遠慮がちな靴の音。
カツ、カツ、という少し高めの足音が丁度この応接室の前で止まったにも関わらず、大量の紙の束に目を通しながら愛用の武器を構えようとしなかったのは、その音に対して確かに聞き覚えがあったから。
「…ヒバリさん、今から一緒に初詣に行きませんか?」
カチャリと耳に慣れた金属音を立て少しだけ開いた扉の隙間からそろりと顔を覗かせたのは、何かと群れたがる草食動物達の代表であるような男、沢田綱吉。
更に言うならば、(不本意だけど)本当は僕よりもずっと弱いくせに、僕の恋人を名乗る権利を持っている唯一の男。
「寒いから嫌だ」
雪だって降ってるのにわざわざ外になんて出たくない。そう素直に告げてあげれば、どこか困ったように笑いながらこちらに歩み寄ってくる男の、その色素の薄い髪から滑るように零れ落ちた透明な雫が彼の着ている灰色をしたパーカーの肩口を黒く染め上げていく。
「何で濡れてるの」
「ああ、持ってくるのを忘れたんですよ、」
傘。といかにも人に好かれそうな笑みを貼り付けて続ける男に、まるで興味が無いと言わんばかりの視線を送りつつ、机の横に置いてあった鞄の中から取り出した青いタオルを放り投げた先は男の頭上。
突然頭にタオルを被せられてきょとんとする男の瞳をフランス製のソファに座りながら見上げて。
「使えば。この部屋の中に一雫でも水滴を落としたら咬み殺すから」
「ありがとうございます」
「(ああ、また、この顔だ。)」
完璧に作られた笑顔。僕の大嫌いな笑顔。
いつだってその顔は『嘘』に塗れているんだ。そう、僕の前では。
「…そうだ、ヒバリさん、」
そんな偽りなんていらないのに。そんなこと望んでなんかいないのに。
「好きですよ」
どうか、どうか、
お願い、だから、
ねえ、神様。
(彼の心を、僕にください。)
END.
20080128
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お友達に送り付けたもの。これが初のツナヒバSS。