【優しい瞳】
嫌な夢を見た気がする。うっすらと汗の浮かんだ体を起こしてベッドサイドの時計を見遣れば丁度7時を指そうとしているところ。
まだ隣りで眠っている男を起こさないよう慎重にベッドから出て、べったりと纏わり付くシャツのボタンを外しながら汗を流すためにシャワールームへと向かった。
コックを捻り大量の水を頭から被る。冷たい水が湯に変わっていくのを肌で感じながら、先程の夢の内容を思い出そうと息を吐いた。
断片的なそれには確か…そう、確かに御堂の姿があった。近くに居るはずなのに、どれだけ手を伸ばしても届かない。喉からは掠れた音しか出なかった。
「ッ…!!」
浴びているのは湯だというのにガタガタと身体が震えて止まらない。鏡に映った眼鏡を掛けていない自分の責めるような眼差しから逃げるようにバスルームを後にした。
後味が悪い。思い出さなければよかった。一度思い出してしまうとそうそう頭の中から離れてはくれない。
少しでも気を紛らわそうと陶器製の白いティーカップにコーヒーを注ぎソファに腰を下ろす。新聞を開いたところで目の前の扉の蝶番が鳴き声を上げた。
「起きたのか」
それは向こう側から顔を覗かせた男を見た瞬間。ずっと胸の奥の深く暗い場所にあった握り拳程の黒く冷たい氷の塊がじわりと解けていくような、そんな感覚に襲われた。
「今日はオフなんだからゆっくり休んでいていいですよ?」
紡がれた言葉に対して男から返事らしい返事が返ってくることは無いようだ。とさりと隣りに身を沈めた男の頭が狙ったように自分の膝の上に倒れ込んできて、半ば強制的に膝枕をすることになってしまった。
「お前が傍に居ないと眠れない」
すり、と膝に頬を擦り寄せてくる男はまるで猫のように酷く愛くるしい。これじゃあ逃げようとしても逃げられないじゃないかと心の中で呟いたところで彼に伝わることは無い。
弱い力で押さえ付けられてしまっては、じわじわと速くなる鼓動を隠すことさえできないというのに。
「御堂さん…」
この人は一体どれだけ俺を夢中にさせれば気が済むんだ。
半ば諦めたように掌を男の頭の上に置いた自分の顔は今一体どれだけ情けなく緩んでいることか…考えただけで泣きたくなる。
「まったく…可愛い人だ、あなたは」
無意識に呟いた言葉ははたして彼に聞こえただろうか。
ふわふわと髪を撫で付けながら、澄み切ったアメジストの瞳の奥に宿る感情に口の端を持ち上げる。
…そうだな、今日は彼が望むだけキスをしよう。
END.
20090901
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過去に縛られつつも何だかんだで御堂さんが可愛いくて愛しくて仕方無くて甘えられて甘やかして結局はデレデレな佐伯。鏡の向こうにノマ。