【バナナアイス】
ふと、今の今まで自分の横に居たはずの男が見当たらないことに気が付いた。そう広くはない店内をぐるりと見渡してみれば、少し離れた場所にあるショーケースの前で腕を組んで立っている男が目に入る。
「…」
「何を見ているんだ、佐伯?」
言いながら中を覗き込む。入っていたのは様々な種類のアイス。視線の先、彼が見ているのは木でできた棒の付いたアイスキャンディーだろうか。
手前の札には“バナナアイス”と書いてあり、確かによくよく見ればバナナの形をしている気がする。
「食べたいのか?」
「いや、」
随分と熱心に見詰めていたものだからてっきりそうだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
ならば何なのだと、そう尋ねようと開いた口を閉じさせたのは彼の熱い眼差し。
「御堂さんが食べているところを想像してたんですよ」
ニヤリと口の端を上げた彼の言わんとすることがわからずに首を傾げていると、笑みを濃くした彼の整った顔が右頬を掠めてピタリと止まる。
「これを旨そうに咥えて必死に舐めている姿はさぞかしそそるだろうな」
ゆっくりねっとりと絡み付くように耳に注がれた低く熱い吐息のような卑猥な囁きに自分の周りの時間が数秒ほど停止したような錯覚。
「ばッ…!!」
およそ瞬き3回分の間を置いて骨と骨とがぶつかる鈍い音が短く響いて消えた。それが己の右拳と佐伯の顎が奏でた音だと気付く要因となったのは、右手にしっかりと残っているズキズキとした痛みと足元で蹲っていた男の涙で潤んだ青い瞳だった。
END.
20090817
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まだ売ってるんだな、バナナアイス。というそんな実体験に、ただ佐伯を殴りたかったという理由を付けて書いてみた。