【capriccio】





最近大きなウサギを拾った。ふてぶてしくて生意気で意地っ張りで構ってほしいくせに甘え下手で、垂れた長い耳や毛玉のような尻尾に触れようとすれば怒るし基本的に何を考えているのかさっぱりわからない。何とも可愛気の無いウサギだ。

自宅マンションのエレベーター内で予定外の小荷物を抱えながら頭に浮かぶのはそんな彼のことばかり。
カードキーを取り出して扉を開き明かりの点いている部屋の中に踏み込めば、ぼんやりとテレビの向こう側を眺めていた彼の瞳がゆっくりとこちらに向けられて。

「遅かったですね」

その顔には無表情が貼られてはいるが、発せられた声色にはじわりと怒気が含まれている。どこか責めるような視線を受け流しつつ手に持っていた鞄とナイロン袋を下ろしてジャケットをハンガーに掛けてから振り返ると、先程よりも不機嫌さを増した彼の青い双眸が薄いレンズの奥でチラリと瞬いた。

「ああ、帰り際に部下に捉まってな」

言いながら袋から取り出してテーブルの上に置いていた南国の果実を胸元の高さに掲げてやれば、今度はあからさまに眉間に皺を寄せて折角の男前な顔を勿体無くも不細工なものに飾り立てている。無意識なのだろうその尖らせた唇が可愛いだなんて思うのは些か不謹慎かもしれないがどうにも頬が緩んでしまうのだから仕方無い。

「俺は食べませんよ」

いつもこれくらいわかり易いと助かるのだが。
仏頂面を幼い子供のようにプイと逸らしてテレビのリモコンを手繰りそのまま電源を落とすと、軽く伸びてから立ち上がり冷蔵庫の前までぺたぺたと歩いていく。ごそごそとあらかた中を探ってからミネラルウォーターを手に取りそのまま寝室へ向かおうとする彼の歩みを止めるためにゆらゆらと揺れる耳に指先を滑らせれば、その手は毛先に触れる前に彼の手によって易々と掴み拒まれてしまった。

「好き嫌いをするな」
「バナナを食べなくても死にません」
「食べたからといって死ぬわけじゃないだろう」
「揚げ足を取らないでください」

手首を拘束されながら淡々と繰り広げられる会話は、内容からしてさぞかし滑稽なことだろう。彼が生真面目に返してくれるのが楽しくて嬉しくて、ついついからかってしまうのが私の悪い癖だと気付いたのは最近のことだ。それが行き過ぎた愛情なのだと伝えたところで彼が納得してくれるという確証は無い。

「ほら、私が悪かった。機嫌を直せ」

空いている方の手で彼の柔らかい髪を緩く掻き混ぜてやれば、先程までの険しさが嘘のように酷く穏やかになった目がうっとりと細められていく。
ここで漸く彼の機嫌が悪かった理由がわかった。そう、わかってしまえばどうと言うことは無い。

「御堂さん……耳、触って」

そんな言い方こそ素っ気無いものの、妙に色っぽさを含んだ声色を出しながら擦り寄ってくる彼が強請るままにフワフワと触り心地の好い耳を撫でながら唇で擽ってやると、いつの間に開けさせられていたのかこちらが呆れるよりも前にシャツの隙間から手を差し入れた彼が大層嬉しそうに微笑んで。
一瞬の擽ったさの後に痺れるような痛みと満たされていく陶酔感。うっすらと熱を持った胸元に付けられた遠慮の無い歯形に舌を這わせる彼の蜂蜜色をした髪の中に鼻先を埋めて喉を震わせる。

「手の掛かる奴だ」

寂しかったのならそう言えばいいのに。なんて、口に出したらプライドの高い彼のことだからまた当分の間拗ねてしまうに違いない。
腹の底の方から込み上げてくる笑いを噛み殺して自分と全く同じなのに全く違うシャンプーの香りをたっぷりと吸い込めば、くらりとした目眩にも似た浮遊感にどうしようもなく酔い痴れてしまう自分は一体どれだけ彼のことが好きなのか。しかしこれが彼なりの甘え方なのだと思うとその不器用さすらも可愛くて愛しくて堪らないのも確かで。
あやすような口付けを何度も送り、その間に解放された方の手で彼の腰を引き寄せてやれば、勢いを付けて段々とエスカレートしていく立ったままで繰り広げられる行為の濃厚さにズルズルと引き摺られて呑み込まれていく。ベッドへ行く前にせめてシャワーを浴びたいのだがと思いつつも、どうせ今からぐちゃぐちゃになるのだから大して気にすることも無いかと自分で自分に言い聞かせて。
たまにはこんな風にただ強引で傲慢なだけではない雰囲気に流されてやるのも悪くないと、目の前にある薄く艶やかに開かれた唇に己のそれを重ねながら瞑った瞼の裏で、キラリと弾けるように煌めいたアクアマリンの欠片のその鮮やかさに彼の面影を見たような気がした。





END.
20100807
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某所でリクエストしたウサ耳眼鏡(イラスト)があまりにも可愛くてつい勢いで書いてしまった。




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