【One Room】





広くもないが狭くもない住み慣れた部屋の中をぐるりと見渡せば、散乱したダンボールと乱雑に積み重ねられた紙束の山に一つ溜息が出た。
先日仕立てたばかりの真新しいジャケットの内ポケットから携帯を取り出して電話帳を開く。真っ先に浮かんだ名前とあの射抜くような視線を緩く頭を振ることで掻き消して、暫く彷徨した指先で通話ボタンを押せば5度目のコールが鳴った後に響いた脳を叩くようなけたたましい声色に少し安心した。

「…本多か?俺だ。実はお前の手を借りたくてな……そうだな、できれば早い方がいい…ああ、すまない。じゃあ明日」

今ここに御堂を呼ぶわけにはいかない。あの人のことだから言えば来てくれるだろう。何故もっと早く言わなかったのかと文句を零しながらも嬉しそうな顔をして手伝ってくれるに違いない。

きっとそんな姿を見たら、もう、駄目だ。
逃げられないようにキツく抱き締めて、薄い唇に噛み付いて、滑らかな肌の感触を楽しむ余裕も無く、本能のまま飢えた獣のように強姦じみたセックスを強要しそうで……。
だから御堂だけは、駄目だ。あんな色気を振り撒かれてはとてもじゃないがこちらの身が保たない。
その点、あの本多ならそんな心配をしなくていいから気楽でいい。加えて酒の一杯でも奢ってやればホイホイ働いてくれる“いい奴”だ。自慢できる友人を持った俺はなかなか幸せ者じゃないか。

役目を終え画面の黒くなった携帯をベッドへ放りワイシャツを脱ぎ捨てる。盛大に散らかった部屋の片付けや資料等の整理、やらなきゃいけないことは多々あるが、まずはシャワーを浴びたい。
もっと余裕な態度で物事をこなせるような大人にならなくては…こんなことで慌てふためく姿なんて、あの人に見られたら小馬鹿にしたように鼻で笑われる。…そんな顔も嫌いではないが。
不意にキラキラと逆光を背負い誰もが見惚れてしまうほどスラリと伸びた背筋を思い出して、無意識にうっとりと緩んだ顔を引き締めるためバスルームへと足を動かした。

折角だからと体を洗っている間に沸かした湯舟に浸かる。あまり長湯をしないように常より熱めに入れた湯は存外心地良く、気を抜けば疲れて鈍った思考なんてすぐにでも持って行かれそうだ。
ここ暫くは何をしていても何を考えていても、御堂のことが気に掛かってしょうがない。目を閉じれば浮かぶのはあの人のことばかり。…自覚は、ある。

「………そろそろ、限界だな…」

少しだけ…そう、少しだけ顔を見に行こう。時期が時期だからあまり時間を割くことはできないが、顔を見に行くくらいなら1時間…いや、30分でいい。それだけあれば充分だ。先週末に立てたスケジュールを何とか調整すれば空けられない時間じゃない。

ふう、と息を一つ吐いて低い天井を仰ぐ。頭の中で弾き出した数字に唇の端を持ち上げながら手の平で水面を緩やかに撫で付ければ、酷く控えめな水音を立てて小さな波紋が広がってから静かに消えた。





END.
20100221
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御堂さんのことになると途端余裕が無くなる佐伯さんが書きたかっただけ。背伸びをする佐伯さんが書きたかっただけ。




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