【赤い果実】





つい先日昇格祝いにと上の計らいで新調させられた軍服の前を割り開かれ、白い手袋を嵌めたままの指先で脇腹や鎖骨を撫で上げられて引き結んだ唇から上擦った声が漏れた。

「っく…やめ、て……ください、大佐…っ!」
「何だ御堂、上官に命令か?」
「ッ!」

くつくつと喉の奥で笑いながら言う男のぎらついた視線に背骨が疼く。
今自由に動くことができたなら、もしこの男じゃなければ、腕の1本や2本くらい躊躇うことなく斬り落としてやっているのに。

「や…っ」
「なあ御堂?本当に嫌なら逃げることもできるのに、そうしないのは何故だ?」

そう、彼の言う通りだ。今の自分は手足を拘束されているというわけでもなく、逃げることも抵抗することもできる。
しかし、足は思い通りには動いてくれず、両の手は縋るように男の肩を掻き抱いているのが現実。
彼に縛られているのは体ではなく、心なのだ。

「本当はわかっているんだろう?」

穏やかなテノールが思考を溶かし、隠された芯を熱くする。
腹に付きそうなほどに勃ち上がった自身をやんわりと握られ、押し殺していたはずの醜い欲望に気付かされた。
一度自覚してしまったらもう手遅れで、熱を持った身体は彼が欲しくて堪らないと悲鳴を上げる。

「ほら、もうぐしょぐしょじゃないか」
「ひ、やっ…やめ……っ」

男の手がスライドする度に晒された腹筋が痙攣して上手く呼吸ができない。
拒絶の言葉なんてとっくに意味は無く、頭の中は彼の熱に侵されることで一杯だった。

「認めろ。これはお前が望んでいることだと」
「ち、がっ…ぁ、違う、違う!私はこんなことッ…!」
「違わない。お前は男に尻を犯されるのがだぁい好きな浅ましくて淫乱なマゾヒストだ」

男の言葉が針のように胸に刺さる。最初は確かに命令だから仕方の無いことだと己に言い聞かせていた。でも、今はもう貴方じゃなきゃ駄目なんだ。貴方だから、こんなにも苦しいんだ。
知られてはいけないとわかっているのに、わかってほしいと願っている。その可笑しな矛盾が生み出す不協和音を消し去ろうと密着した身体を押し返せば、機嫌を損なったのだろう男の硬い肉棒がろくに慣らしてもいない私の後孔に突き立てられた。

「ぁああっ!ん、ぁ…だ……いや、だぁ…っ!!」

気遣いなど微塵も感じられない激しい腰の動きにただただ翻弄されて、快感を追うことしか考えられなくなる。
追い詰めるような攻め立てに堪えきれず、埒を上げる瞬間に感じたのは羞恥などではなく悲しみに似た感情。いっそ何も感じなければどれだけよかっただろうか。
涙でぼやけてしまった視界で彼の青く澄んだ瞳を探したが、見付けることができなかった。

「……俺を見ろ、御堂…」

霧散していく意識の中、耳に届いた声が何と言ったのかはわからない。
ただ、苦しそうに歪んだ唇の輪郭だけがやけにリアルに見えたのは、何故か気のせいにはしたくなかった。





END.
20091021
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唐突に斬新なパラレルが書きたくなって行き着いた先がこれだった。とりあえず手袋と軍服というアイテムが書けて満足。あと権力を振り翳すなんちゃって鬼畜な佐伯さんが書けて満足。




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