スカートはひざ上必須、メールの返信は3分以内、カーディガンはメンズサイズでベージュまたは白、髪はストレートかゆる巻きかボブ。
プリ画ないやつありえない、ブログないやつありえない、ボサ眉のやつありえない、弁当デカいやつありえない、男に媚びるやつありえない、話題のドラマのネタに乗っかれないやつありえない、自習の時間に真面目に課題に取り組むやつありえない。
女子社会における細々としたルールは、一体誰が決めるだろう。そんな疑問を抱きながら、私は矛盾だらけのそれらを忠実に守っている。
埋もれきってしまえるだけ、わたしは賢く、そして冷めた人間であった。

グループのボス猿女子がノリで作った同盟に名を連ね、適当な男を見繕いデートの計画を立て、昼は購買のメロンパンを食べ、帰りはカフェでタピオカドリンク片手に女子会をし、雑貨屋でお揃いのストラップを購入して、最近仲良くなったアパレル店員の店でデート服を選び、下着屋でパッド入りの水色のブラを買う。帰宅したらブログに今日の日記を書き、食卓につけばカロリーのことを思い出し、肉には手を付けず野菜だけを摂る。お風呂から上がったら携帯を開き、友人の病み日記が更新されていたらメールを送る。どうせ明日にはけろりとしているのだろうなどと思いながらも相談に乗り、案の定元に戻ってきた友人が薄っぺらくも調子の良い言葉を使ったのを見届けたら、ようやくサイレントマナーに切り替えて眠りにつく。
このような経緯を経て、私は明日の安泰を手に入れる。そうして知るのだ、この世の秩序を。


大体こんな毎日。
気が遠くなるような、毎日。




「何がそんなにつまらんの」
ある日の授業中のことだった。

まるで独り言みたいにポツリと呟かれた言葉に思わず振り返ると、後ろの席に座っていた仁王と目が合った。どうやら気のせいではないらしい。

「何がって?」
「何でも」

この男は、一体何を言っているのだろう?
と、今の私は果たしてそういった表情が作れていただろうか。自信がない。
それほどに、心がざわついた。とても奇妙な感覚が襲ってきて、どくりと心臓が脈を打つ。
首を傾げながらも内心で答えに窮していると、「そこ、前を向きなさい」と教師が此方に注意を向けてきた。

「すみません」
「二人とも前に来て、問い3と4の答えを書きなさい」

飄々とした態度で立ち上がった仁王に倣い、私も慌てて席を立つ。板書する手は止めず、仁王は「すまんの」と一言謝罪を入れてきた。
ううんとひとこと言って、それきり口をつぐんでしまえば、きっとそこでこの話は終わっていただろう。けれど、私はそうしなかった。

本当はずっと待ち望んでいたのかもしれない。非日常の、訪れを。



「全部」


それだけ言うと、隣の銀髪が笑った。そして担当の教師がよそ見をしている隙をつき、教卓の中から先生が授業で使う資料集を鮮やかな手つきで抜き取った。

「書き終わったか? …うん、どちらも正解だ。戻っていいぞ」
「プリッ」

呆気に取られている私を見て、「ええ顔じゃ」と仁王は唇を動かさずに言った。いつぶりだろう、こんな高揚感を味わったのは。

「えーじゃあみんなは資料集の、…あれ、おかしいな…先生ちょっと職員室に取りに行って来るから、みんなは静かに待っとくように」

せんせーしっかりー!と、クラスの誰かが囃し立てた。その言葉を皮切りに、皆がくすくすと笑い出す。初老を迎えた教師は、照れくさそうに頭を掻いて教室を出て行った。

初めは近くの席同士でひそひそと声を落としてお喋りに興じていたクラスメイトたちも、戻ってくる気配がないのをいいことに持ち場を離れて騒ぎ出した。これなら大丈夫だろうと、再び私も後ろを振り返って小声で話し掛ける。


「それ、バレたらどうすんの」
「大丈夫じゃ。それより、お前さんにもうひとつ面白いモン見せちゃるけえ…丸井丸井、こっち来てくんしゃい」

仁王は、騒いでいる集団の中でも一際目立っていた人物を呼び寄せた。私と同様、丸井は疑問符を浮かべながらこちらに近付いてくる。

「あんだよ仁王」
「手伝って欲しいことがあっての」
「お前が頼みごと?いいけど、何すんだよ」
「こっから動かんで」
「え」

ハイちゅうもーく、と、その場で立った仁王は教室中に響くようにパンパンと手を叩いた。ミスマッチな、気だるげな声と共に。

きっと本能で何やら良くない予感を感じ取ったのだろう。丸井は、「おい仁王」と焦ったような声を出した。いや、出そうとしているようだった。
それが叶わなかったのは、仁王が丸井の口を塞いだから。


クラスメイトの男子たちの思わぬラブシーンに、ある者は悲鳴をあげ、ある者はイスから転げ落ち、ある者は絶句した。丸井はといえば、目を見開いたまま固まっている。シャーペンが床に落ちて転がる音が、やけに響いて聞こえた。うなじに沿わせていた右手で今度は丸井の腕を掴んだ仁王は、私に目配せを送った。ひどく愉快そうな顔をして。

何も言えずに口をぱくぱくさせている丸井の手を引いて、仁王たちは教室を後にした。今ごろ職員室で必死になって探しているであろう教師の資料集を、教卓の中に滑り込ませるのを忘れずに。


おかしくて目映くて、私は箍が外れたように笑いだした。もう止まらなかった。
一体何人が目にすることが出来ただろう、あかく染まった二人の耳朶を。この上ない、幸福のしるしを。



それから程なくして、申し訳なさそうな顔をした教師が教室に戻ってきた。しかしそれに対して揶揄することもなく、皆が一様に呆けた顔をしているので彼はとても驚いていた。
私はそっと口を開き、「先生、仁王と丸井は具合が悪いみたいなので保健室に行きました」と言った。

今日はドラマを見るのはやめ、携帯は放置することにして、明日からは大きなお弁当を持ってこよう。
そうして私は、大人に近付いてゆくのだ。








 
- ナノ -